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毎日新聞2024/6/7 東京朝刊有料記事981文字
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米国で最もアラブ系住民の比率が高いのは中西部ミシガン州である。デトロイト近郊ディアボーンでは、人口の半数を占める。
そのデトロイト空港で5月13日、事件は起きた。ロンドンから到着した歴史学者で英エクセター大学のパッペ教授が拘束され、国土安全保障省の職員から2時間にわたって尋問を受けた。
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本人がその様子を英メディアに書いている。「パレスチナ自治区ガザ地区でのイスラエルの攻撃を大量虐殺と思うか」と聞かれ、「はい」と答えた。
パレスチナ解放を意味するスローガン「川(ヨルダン川)から海(地中海)まで自由を」への見解を問われ、「世界の人々は自由であるべきだ」と述べている。
職員は米国にいるアラブ人やイスラム教徒の友人について、情報を提供するよう求めたという。
教授は1954年にイスラエル・ハイファで生まれたユダヤ人で、第4次中東戦争に従軍した。両親はナチス・ドイツの迫害を逃れた移民である。
教授にイスラム組織ハマスとの関係を示すものはない。ではなぜ尋問されたのか。その思想が危険視されたと考えられている。
母国ヘブライ大学や英オックスフォード大学で現代史を研究し、一つの結論に至った。「イスラエル建国の際、アラブ人に対する計画的な民族浄化があった」
シオニズム運動(ユダヤ民族国家建設運動)にも反対の立場だ。イスラエルで強い批判を受け2008年、研究拠点を英国に移す。
米国では今年4月中旬から、イスラエルの軍事攻撃に反対する学生デモが激化していた。教授の考えが、学生たちを刺激すると懸念された可能性はある。
欧州でもイスラエルに批判的な学者への圧力が強まっている。英グラスゴー大学のアブシッタ学長は4月から5月にかけ、独仏両国から入国を拒否された。医師としてガザで活動し、大量殺害を批判してきた。
「表現や思想の自由を尊重すべきだ」。米欧諸国はしばしばこう強調し、ロシアや中国の権威主義を批判する。しかし、学者たちへの対応は、それがいかに「ご都合主義」で薄っぺらであるかを露呈している。
パッペ氏はパレスチナで犠牲が拡大する今こそ、この地域に関する専門的知見を国際社会で共有すべきだと考えている。
「表面上」は自由で民主的な国々。パッペ氏は今、米欧をこう表現する。欧州にルーツを持つユダヤ系歴史学者の落胆ぶりが伝わってくる。(論説委員)