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毎日新聞2024/6/6 東京夕刊有料記事924文字
3本指を立てるハンドサインで、ミャンマー国軍への抵抗をアピールするピエリヤンアウン選手=大阪市住吉区で2021年6月28日、山崎一輝撮影
灼熱(しゃくねつ)の太陽が容赦なく照りつける。給水車のタンクに隠れ、密入国を図るパレスチナ難民の3人。暑さに耐えきれず、助けを求めてタンクの壁をたたくが、外には聞こえず息絶えた。まるで世界には彼らの声が届かないかのように。
1972年のシリア映画「太陽の男たち」。パレスチナ人作家、ガッサーン・カナファーニーの同名小説を基にした作品である。思わず、昨年のイスラーム映画祭で見たラストシーンを思い出したのは、日本サッカー協会(JFA)の対応があまりに人間味に欠けると感じたからだ。
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在日ミャンマー人有志がJFAを訪れ、ミャンマー連盟と5月に締結したパートナーシップ協定を破棄するよう申し入れた。同連盟の会長は国軍に近い政商とされ、組織は軍の強い影響下にある。
ミャンマーでは3年前の国軍クーデター以降、圧政が続く。人権団体の集計では5000人超が命を落としている。JFAが関係強化を図ることは、軍事政権を認めると受け取られかねない。
日本サッカー協会に申し入れをする在日ミャンマー人のミンスイさん(右)とハンセインさん=東京都文京区で2024年5月31日、田原和宏撮影
ワールドカップのアジア2次予選で両国は6日夜、ヤンゴンで対戦する。有志代表のミンスイさん(63)は「今は協定を結ぶ時期ではない。『もうミャンマーは平和だ』と、国軍の宣伝に利用される恐れがある」と訴える。JFAの担当者は文書を受け取ったものの、コメントはなかったという。
サッカーに詳しいジャーナリストの木村元彦さんは「今回の申し入れは政治的なものでなく、スポーツに政治が持ち込まれているからこそ。我々もこの構造を理解すべきだ」と指摘する。その上で、「JFAが沈黙したままなのは残念だ。今なぜ協定か、というのは彼らにとって切実な問いだ。意見は違っても、一人一人がこの答えを考える必要がある」と話す。
ワールドカップ・カタール大会のアジア2次予選。試合前、国軍クーデターに抗議の声を上げる在日ミャンマー人らの姿があった=千葉・フクダ電子アリーナで2021年5月28日、宮武祐希撮影
サッカーファンならずとも、3年前、日本代表戦の国歌斉唱で国軍への抵抗の意思を示す3本指を立てたGKのピエリヤンアウン選手の姿を覚えているだろう。帰国を拒否し、難民として日本社会に迎えられた。どんな形であれ、彼らの声に応えるべきではないか。
ミャンマー、ウクライナ、スーダン、パレスチナ自治区ガザ地区――。世界各地で、悲劇というタンクの壁をたたく音が響き渡る。問われているのはタンクの外側にいる我々である。(専門記者)