総合診療医の視点 -命を救う5分の知識-フォロー
総合診療医が診るコロナ感染症谷口恭・谷口医院院長
2023年8月14日
今回から新連載「総合診療医の視点-命を救う5分の知識-」を開始します。前回までの連載「実践!感染症講義-命を救う5分の知識-」が始まったのは2015年7月ですから8年以上、さまざまな感染症を紹介してきました。連載は合計400回以上に及び、そのほとんどは感染症に関するものでしたから、私は感染症ばかりを診ている医師だと思われることがあります。しかし、実際には「感染症専門医」ではなく、日ごろ多くの訴えを聞いている「総合診療医」です。
「総合診療」を専門とする総合診療医については以前からいろんな方面から「増やさねばならない」と言われ続けていますが、現実にはまだ十分に普及していません。今回から始まる連載では、さまざまな疾患を取り上げながら「総合診療医はどのような疾患を診てどのような治療をしているのか」を紹介します。第1回は「総合診療医が診察する新型コロナウイルス感染症」を取り上げます。
幅広く初期段階の症状の治療にあたる総合診療医
総合診療医とは、何でも相談に乗れる総合的な医療を提供する医師のことで、内科、小児科を中心に婦人科、整形外科、皮膚科などから緩和ケアに至るまで幅広い医療の教育を受けています。そのため患者さんは、あらゆる健康上の問題、疾病を相談できます。重症度が高いなど、より専門的な医療が必要な場合には、関連する診療科の専門医に橋渡しする働きも受け持ちます。「プライマリ・ケア」や「家庭医療」という呼び方もありますが、研修医制度改革を受けて2014年に発足した日本専門医機構では、「内科」「外科」などと並ぶ19の専門領域の一つに「総合診療」として位置づけられました。
また日本医師会(日医)は以前から「かかりつけ医」の啓発に力を入れています。日医は「かかりつけ医」を「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義しています。ここでは、診療科については限定しておらず、一般の内科医も総合診療医も含まれます。つまり、「内科医のかかりつけ医」もいれば「総合診療医のかかりつけ医」もいるわけです。
総合診療医の見つけ方
では「内科医」と「総合診療医」はどのように違うのでしょうか。
診療所の医師が内科医であれば、看板に「内科」と書かれています。発熱やせきが起きた時、これらは内科領域ですから対応してくれるはずです。しかしそれ以外の症状で困った時や、内科的な症状に加えてさまざまな臓器に症状が及んだ時、例えば湿疹やじんましんが生じた、関節が動かしにくい、月経痛が悪化している、不安感に襲われる、耳鳴りやめまいがひどいなどのすべての症状の相談には乗れないかもしれません。
他方、診療所の医師が総合診療医の場合、看板に「総合診療科」とは書かれていません。法律でそのような表記が認められていないからです。総合診療医の診療所には多くの場合、「内科、○○科、△△科」のように、内科以外にも複数の科が掲げられています。「複数の科を掲げている=総合診療医」とまでは言えませんが、「複数の科の標榜(ひょうぼう)」が総合診療医を見つける手がかりになるかもしれません。そして、総合診療医であれば、小児科、婦人科……など内科領域以外の症状も診察します。つまり、「かかりつけ医のなかには、内科医もいれば総合診療科医もいるが、総合診療科医の方が診療の幅が広い」と言えます。
複数の診療科にまたがって診察可能な総合診療医はどのように育成されるのでしょうか。たいていは(私のように)大学病院の総合診療部の医局に所属している(あるいは過去に所属していた)か、大病院の総合診療部出身です。総合診療部には「他院で診断がつかなかった」という患者さんが集まってきます。そうした患者さんを診察して、経験を積みます。また病院に籍を置いたまま他院に研修に行ったり、同じ病院内の他の科に研修に出向いたりして、知識と経験を重ねます。
総合診療医を名乗る医師は「一般の内科医よりも幅広い領域を診る」ことを自負しています。ですから、コロナ禍の前から「他院で診断がつかなかった事例」「患者自身が何科を受診していいか分からないと考えている事例」などを数多く診ています。もちろんすべての疾患の治療が速やかにできるわけではありませんが自身で診られない疾患や症状は適切な専門医なり大きな病院なりを紹介します。決して「自分で他を探してください」とは言いません。
ドクターショッピングの果てに
コロナ禍が始まった20年初頭、多くの医療機関が診療をためらう中で、真価を発揮したのが総合診療科でした。コロナの症状は発熱、倦怠(けんたい)感、せきなどがメインです。症状としては内科領域に属しますが、当時はどれだけ毒性が強いのか、どれだけ感染力が強いのかもよく分かっておらず「えたいの知れない恐怖の病」でした。えたいの知れない感染症ですから「感染症専門医が診ればいい」という声がありましたが、発熱、倦怠感、せきなどの症状が出ただけで感染症専門医を受診するわけにはいきません。感染症科がある医療機関は基本的に大きな病院だけであり、発熱やせきといったよくある症状でそのような病院は受診できません。感染症専門医がコロナを診るのは、診療所でコロナの確定診断がついた場合や、強く疑われた事例が紹介されて受診する場合に限られます。
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誰かが診ないといけない中で、コロナを疑われた患者を診るのは、内科医ではなく総合診療医だ、と私は確信していました。総合診療医は日ごろから「困ったことがあればどんなことでも、内科領域以外のことでも相談してください」と言い続けているからです。「どこに行っていいか分からない」あるいは「近所の内科医で診てもらえるかどうかわからない」と考える患者さんは、コロナの流行前からドクターショッピング(買い物で気に入る品物を探してあちこちの店に立ち寄るように、いくつもの医療機関を受診する行為)の末に総合診療医を受診するというケースが非常に多かったのです。そして、そう考えるのは医療者も同じでした。
全国初?の「発熱外来」
20年1月31日、当院で「発熱外来」が始まりました。世界保健機関(WHO)が緊急事態宣言を出したのは前日の1月30日です。この時点で日本で発熱外来を実施していた医療機関はほとんどなく、もしかすると当院が全国初だったかもしれません。
中等症以上の新型コロナウイルス感染症を診察するために設けられた発熱外来のテント=長野県松本市の同市立病院で2020年4月、武田博仁撮影
きっかけはある大きな病院からかかってきた1本の電話でした。「中国から日本に戻って来た患者さんが咽頭(いんとう)痛と発熱があるのだけれどどこからも見放されている。(当院からは)かなり距離があるけれども診てほしい」とその病院の看護師から依頼を受けたのです。上述したように、大きな病院ではコロナの可能性があっても単なる発熱と咽頭痛だけの患者を診ることはできません。しかし近隣の内科診療所は「中国帰り」というだけでどこも診ないというのです。
コロナだろうが、別の疾患だろうが、発熱で苦しんでいる患者さんを放っておくわけにはいきません。そこで、一般の患者さんが全員帰った後に来てもらうことにしました。当時はPPE(防護服)が完璧なものではありませんでしたが、フェースシールドとN95マスクは常備していましたからそれらで対応しました。結局コロナではなく、重症化した細菌性へんとう炎で直ちに抗菌薬を投与せねばならない状態でした。なお、この事例については過去の連載「新型コロナウイルス 広がるいわれなき差別」で紹介しました。そして、この事例のように「何軒もの診療所に断られて、行くところがないんです!」と怒ったり泣いたり、あるいは悲鳴を上げたりする患者さんがたくさんいたのです。また、当時は「保健所に相談する」というルールになっていましたが、「(保健所には)電話がつながらない」「(つながっても)検査はできない、医療機関の紹介もできないと言われた」と訴える人も少なくありませんでした。谷口医院の発熱外来は、一応は「谷口医院をかかりつけにしている人のみを対象」としましたが、「どこでも診てもらえないんです!」と悲鳴を上げる患者さんを、上述の中国帰りの患者さんと同じように診ることが少なくありませんでした。
初のコロナ後遺症診療
それから約2カ月後の同年3月、以前から当院をかかりつけにしている患者さんから「たぶん海外帰りの知人からコロナに感染した。熱は下がったのだけれど、せきと倦怠感が続く……」という相談が寄せられました。当時は軽症例はPCR検査ができませんでしたから、そういう意味ではコロナ確定とは言えないのですが、問診の内容からコロナであっただろうと推測できました。そして「倦怠感とせきがとれない」と言います。これが当院が最初に診た「コロナ後遺症(疑い)」の事例でした。
新型コロナウイルス感染症の後遺症で診察を受ける女性患者=大阪市北区で2022年4月15日、梅田麻衣子撮影
最近では、コロナ後遺症を診察する医療機関が随分と増えましたが、20年春の時点では「他では診てもらえないんです」と訴えて当院にやってくる患者さんが非常に多くいました。かなり遠方から来られたケースも少なくありません。他の総合診療医に聞いても同じことを言っていました。総合診療医には元々「他で診てもらえなかった」という患者さんが集まるのですが、コロナ後遺症ではそれが特に顕著でした。総合診療医の数はそう多くありませんから、多くの患者さんはドクターショッピングを繰り返してようやく総合診療医にたどりつくのです。なお、過去の連載でコロナ後遺症を初めて取り上げたのは20年5月12日に公開した「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」でした。
何でも相談できる医師を見つけよう
えたいの知れない新種の感染症が登場した時も、メカニズムや治療法がまったく未知の後遺症を発症した時も、積極的に診てくれる「総合診療医でないかかりつけ医」もいるでしょう。ですが、コロナが始まってからの3年半を振り返ってみると、PCRもできなかった初期から発熱外来を立ち上げ、治療法が確立していない後遺症の患者さんを初めから積極的に診ていた医師の多くは総合診療医でした。ただし、「自分のかかりつけ医は総合診療医か否か」が問題の本質ではありません。国民一人一人にとって大切なのは「健康のことで困ったことがあれば何でも相談できる医師をもっているかどうか」です。
本連載では総合診療医の視点からさまざまな疾患や医療上の問題を取り上げていきます。
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。