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毎日新聞 2023/8/17 07:00(最終更新 8/17 07:00) 有料記事 2263文字
内閣府が作成したアンケートの質問票
日本の研究力強化に向け、政府はこの夏、全国の大学教員らを対象にアンケートを進めている。研究環境改善のため、研究以外の雑務が日々どの程度負担になっているかを問う内容だ。ところが、アンケートのあまりの分量の多さに「逆に負担が増えた」と研究者側から悲鳴が上がる事態に。「本末転倒」の元凶は?
「途中でギブアップ」
内閣府は5月末、全国約30の国公私立大に協力を依頼し、教員らに質問票を配った。タイトルは「大学の評価疲れ申請疲れに対する方策に関するアンケート」。調査は任意で、表計算ソフト「エクセル」に記入する。大学ごとに回答を取りまとめ、内閣府は秋ごろまでに結果を集約するという。
調査の目的を、内閣府は「我が国の研究力低迷、研究者という職業の魅力低下への危機感から策定した支援策のフォローアップの一環」と説明している。
ところが、質問票が配られた直後から、SNS(ネット交流サービス)上で批判的な声が上がり始めた。
「途中でギブアップ」
「手続きの負担についてのアンケートが14枚って皮肉がききすぎていてつらい」
「負担の把握のために浴びせかけられる負担」
調査の分量が多く、回答すること自体が負担という意見が大半だった。
エクセル13枚、質問130超
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局が入る庁舎=東京都千代田区で2023年8月、松本光樹撮影
質問票は、エクセルシート14枚に及ぶ。アンケートの概要や回答方法などを記した表紙を除く13枚に、130を超える質問項目が並ぶ。
質問内容は、国の研究支援制度に対する意見や、学内の人事評価や学生の論文評価などの負担感(5段階評価)、学外業務として無償で行う論文の査読の負担感など。
また、国の審査を経て支給される科学研究費補助金(科研費)などを利用している場合、申請書や報告書の提出が必要かどうかや、それらに伴う負担感を、該当する研究プロジェクト一つ一つに回答するよう求めている。
関東地方のある国立大教授は「こういうアンケートを作る時点で、問題の本質が分かっていない」と手厳しい。
国立大が法人化された2004年度以降、国から大学への運営費交付金は削減が続き、大学の自主的判断で研究者に配分できる「基盤的経費」は減った。反対に、研究者自身が審査を勝ち抜いて研究資金を獲得する「競争的資金」の割合が増えている。この教授は「いくつもの競争的資金に応募しなければ研究が成り立たない状況に追い込まれている。それが問題の本質だ」と訴える。
例えば、500万円以下の科研費「基盤研究C」を獲得しようとすると、研究計画書など必要な書類は全部で約20ページになるという。教授は「こんなアンケートに回答しても事態が変わると思えないし、時間がもったいない」と話した。
評価、評価、評価で疲労
研究者からの声を、アンケートを作成した内閣府はどう受け止めるのか。
その前に、今回のアンケートには経緯がある。
内閣府が作成したアンケートの質問票
日本の研究力は、低迷に歯止めがかからない。文部科学省の科学技術・学術政策研究所が8日公表した最新ランキングによると、引用される回数の多い注目論文の数で、日本はイランに抜かれて世界13位に後退した。低迷の一因に挙げられるのが、研究者が研究に専念できていないことだ。
科研費などを利用する場合、まず申請書を作成し、評価を受ける。承認された後は、研究の途中で中間報告し、評価を受ける。終了後もまた報告書を提出し、評価を受ける。こうした外部評価への対応が大きな負担となっている。
文科省の調査によると、研究者の勤務時間のうち研究に充てる割合は、02年度の46・5%から、18年度は32・9%に減った。7割以上が研究パフォーマンスを高めるうえで「研究時間の短さが制約になっている」と考え、その多くが、評価にまつわる業務の増加を課題に挙げた。
21年の同研究所の調査でも、「中間・事後評価の頻度が多すぎる」「評価が目的化し、研究者の研究時間を圧迫している」などと訴える意見が多く出た。
内閣府の見解は
研究するために資金を獲得したのに、報告書作成に時間が奪われて研究できなくなる本末転倒。今回のアンケートは、こうした調査結果の延長線上で実施されたものだ。作成した内閣府に見解を尋ねた。
科学技術・イノベーション推進事務局の担当者は「『面倒だ』という声は把握している」と話す。質問票の表紙にも「このアンケート自体が、貴重な研究時間などを割いて回答をお願いしていることは重々承知している」と記したという。
ただし、「記入すべき不満が多いから回答が大変なのか、アンケートに回答すること自体が大変なのか、真意を測りかねている」と首をかしげる。
担当者は「現場の実態を把握し改善につなげるための調査。手入力する部分は最小限にしたが、簡素化しすぎては改善につながらない。もう一度アンケートを取ることになればそれこそ大変だ」と理解を求めた。
研究者の多忙と疲労の元凶は、競争的資金の割合が増えていることではないのか。その背景に、大学への運営費交付金の削減があるのではないのか。アンケート結果を基に研究予算のあり方にまで切り込むのか。
そう質問すると、担当者は「運営費交付金について現場からさまざまな声が上がっているのは承知している。交付金が減っているのは事実で、関係がないとは言えない」と語った。
一方で「現場では実感できないかもしれないが、どうすれば研究費が行き渡るか政府内でも考えている。今回はあくまで評価疲れ、申請疲れに対して直接何ができるか明らかにするための調査だ」と説明した。【鳥井真平、松本光樹】