|
毎日新聞2024/6/9 06:00(最終更新 6/9 06:00)有料記事1740文字
外国人観光客とインド人観光客で入場料金が異なるインドの首都ニューデリーの世界遺産「クトゥブ・ミナール」=2024年6月3日午前10時41分、川上珠実撮影
インドの観光スポットでは、二つの価格が設定されていることが多い。一つは外国人観光客向けで、もう一つはインド人観光客向けだ。インド人は当然のこととして受け止めているものだと思っていたが、実際に話を聞いてみると、意外にも否定的な意見が目立った。
「600ルピー(約1120円)もするの?」。首都ニューデリーにある世界遺産のイスラム遺跡「クトゥブ・ミナール」。観光に訪れていた西部アーメダバード在住のカルペシュ・プラジャパティさん(35)に外国人向けの入場料金を伝えると、目を見開いた。インド人向けの料金である40ルピーの15倍にも上るからだ。
Advertisement
日本では最近、円安を背景に海外から訪れる旅行者向けのサービスや商品を高めに設定する「インバウンド価格」が議論を呼んでいる。私が暮らしているインドでは、遺跡の入場料に限らず、外国人向けの飲食店や土産物店が割高なのは一般的だ。
しかしプラジャパティさんは「高い料金を支払っても、同じサービスしか受けられないのであれば不公平だと思います。大した金額ではないと感じる外国人もいるかもしれませんが、外国人がみんな金持ちというわけではなく、近隣の貧しい国から来る旅行者もいます」と疑問を呈した。
インドの首都ニューデリーで手工芸品などを販売する個人商店=2024年6月3日12時38分、川上珠実撮影
観光地における入場料の二重価格は他の国でも見られるため、「国民が自国の歴史を学ぶのは大切なことで、遺跡を保全する政府にとっても重要な収入だ」と理解を示す声も聞かれた。しかし、店やタクシーのいわゆる「ぼったくり」については一様に厳しい声が相次いだ。
仕事で英国とインド西部グジャラート州を行き来するインド人のラケシュ・ラマさん(34)は「私もオートリキシャ(自動三輪タクシー)で、高い乗車賃を提示されましたよ」とうんざりした様子で話した。家族でデリーを観光中、リキシャで短距離を移動しようとした際、運転手に150ルピーを提示されたという。高いと感じて近くの他のリキシャ運転手に価格を聞いて交渉し、同じ距離を3分の1の50ルピーで乗車した。「地元の人間ではないから、高い料金をふっかけられたんじゃないでしょうか」とぼやく。
インドを訪ねた外国人の多くも、不当に高い料金を提示された経験があるはずだ。値段の交渉はインド人同士でもよくあるが、交渉慣れしていない外国人にとっては一苦労になる。各種ガイドブックやサイトは、日本人観光客に高額なサービスや物を売りつけようとする詐欺まがいの手口に注意を呼びかけている。
一方、近年は売る側も交渉によって価格を決めるのではなく、定価販売を好むのだという声も聞いた。カーペットやショールなどの織物を販売するニューデリーの店で営業を担当するシャムシェール・シンさん(54)。「ここ10年ほどで商品を定価販売する店が増えた。インドだけでなく、世界中のトレンドではないでしょうか」と言う。
外貨両替所が並ぶインドの首都ニューデリーの通り=2024年2月27日12時08分、川上珠実撮影
シンさんが理由として挙げるのはソーシャルメディアの普及だ。インターネット上の口コミから商品の相場を調べられるようになり、外国人客だからといって地元の相場から大きく外れた価格で物を売るのは難しくなっているという。また、通信アプリ「ワッツアップ」などを通して商品の画像をやりとりし、客の帰国後に商品の注文を受けるケースもある。外国人客を相手にした商売が必ずしもその場限りのものではなくなった結果、納得感や信頼性を高めるために明朗会計で商品を販売する店が増えたのだという。
インドでも商品価格を明示したショッピングモールやスーパーが増えていく中、不明瞭な二重価格は廃れていく運命にあるのかもしれない。
とはいえ、インドの個人商店で買い物をする際には「日本人だから高く売りつけようとしているのではないか」との疑念が頭をよぎる。観光地で日本語が堪能な観光業者に遭遇すると、カモにされるのではないかと警戒してしまう。一方でリキシャ運転手のラケシュ・クマール・ベルマさん(51)は「最近の日本人はお金を使いたがらない」と切り捨てる。これも円安の影響だろうか。インドの二重価格がやけに気になってしまうのも、私たちが裕福ではなくなってしまったことの表れなのかもしれない。【ニューデリー支局・川上珠実】
<※6月10日のコラムは政治部の飼手勇介記者が執筆します>