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日本社会に浸透し始めている大麻 その恐ろしさ谷口恭・谷口医院院長
2023年8月21日
バンコクのカオサンロード付近の屋台で大麻を売る女性。「試せる?」と尋ねるとすぐに火を付けようとした=2023年7月、筆者撮影
日本大学(以下「日大」)の学生の大麻及び覚醒剤所持事件が物議を醸しています。その理由は、真面目で模範的なスポーツマンの集団であることが期待される日大アメリカンフットボール部の不祥事であったことよりもむしろ、大学側の対応が世間の反感を買ったからではないでしょうか。特に8月2日にメディアの取材に対し「違法な薬物は見つかっていない」とコメントした林真理子理事長の発言が波紋を呼びました。では、なぜ大学側の対応が火に油を注ぐような結果につながったのか、そして大学生の大麻(及び覚醒剤)の使用をどのように考えるべきかについて私見を交えながら述べたいと思います。
世界各国で合法化が進んでいる
大麻については過去のコラム「大麻 海外で進む『嗜好(しこう)用』の解禁 日本はどうするか」ですでに取り上げました。そのコラムで述べたポイントをここで簡単にまとめておきます。なお、そのコラムと同様、本稿での「大麻」は「嗜好用大麻」のことであり、医療用大麻とは別であることをお断りしておきます。
・大麻は以前は世界のほとんどの地域で違法であったが、実際には前世紀からオランダの「コーヒーショップ」や東南アジアの一部の地域では事実上”合法”であった。
・2012年に米国の一部の州で、13年にはウルグアイ全国で大麻合法化が決まり、その後、米国の半数近くの州、さらに、カナダ、タイ、南アフリカ、メキシコ、マルタ、ジョージアの全域などで事実上の”合法”となった
・米国の調査によると、大麻はすでにたばこよりも普及しており、米国人の48%に大麻使用の経験がある
・日本での大麻使用者は数字では出てこないが若者を中心にすでに蔓延(まんえん)している。母集団によっては3人に1人が大麻経験者との報告もある。公式な統計上の人数が少ないのは単に「摘発された人数」の集計だからであり、見つかっていない大麻使用者が大勢いるのは間違いない
・大麻の危険性、依存性はアルコールやたばこよりも軽度であるとする報告や論文もあり、「大麻はたしなむが、酒やたばこは体に悪いからやらない」とうそぶく者もいる
大麻についての相談が増加
さて、このような現実に鑑みて、もしもあなたが大学の関係者だとすれば、たとえ過去の学内逮捕者がゼロだったとしても「当大学に大麻経験者はいません」と断言できるでしょうか。恐らくどれほどお気楽な人でも「わが大学には20歳未満の酒やたばこの経験者はいません」と答える人はいないでしょう。大麻は既にそれと同じレベルと考えるべきだと私は思います。大学関係者は「わが大学で大麻使用者がいたとしてもまったく不思議はない。疑いが生じれば直ちに調査する」という方針をとるべきだと思います。
もちろん大麻を使用しているのは大学生だけ、また若者だけでもなく、中高年者にもたしなんでいる人は大勢います。なぜこのような断定的な言い方ができるかというと、私は総合診療医として大麻の相談を受ける機会が多いからです。相談の内容はさまざまで「やめられないんです」と依存症の治療を望む人もいれば、「今度米国に留学するんですが、大麻は絶対にダメなのでしょうか」と危険性を質問する人もいます。大麻のせいで大学を退学した、会社を辞めた、という人もいます。
バンコクのスクンビッド通りのある大麻専門クリニック。医師がいるのかどうかは不明。看板には「不眠、不安、ストレス、食欲不振などにも有効」と記載されている=2023年7月、筆者撮影
最近は「海外での大麻」について質問を受ける機会が増えており、実際、国や地域によってはタバコやお酒を買うよりも簡単に大麻が買えます。ここではタイの実情を紹介しましょう。
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急増するバンコクの大麻ショップ
前々回、私がタイ行きの機内で新型コロナウイルス(以下、「コロナ」)に感染したという話を書きました。タイ滞在時には自分がコロナに感染しているとはつゆほども思わず、いろんな施設を訪れいろんな街を歩きました。驚いたのが「大麻ショップ」があまりにも多いことです。前回訪れたのはコロナ流行前の19年、その時は(違法でしたから当然ですが)大麻ショップなどただの一軒もありませんでした。
タイは元々、大麻に寛容な国で、違法だった当時から「大麻をたしなむことを目的にタイに渡航する」という人はそれなりにいました。警察に見つかっても個人使用だけならたいていは見逃されていたと聞きます。ただしその頃タイで大麻をたしなんでいたのは、バックパッカーや、通称「沈没組」と呼ばれる何もせずに安宿にこもっている人たちで、例えば観光客の夫婦や企業の駐在員が大麻に手を出すなどという話は聞いたことがありませんでした。
しかし、22年6月に大麻が(事実上)合法化されたことを受け、至るところに雨後のたけのこのごとく大麻ショップが乱立しました。私がコロナ感染をつゆほども疑わずジョギングを楽しんだベンジャキティ公園の付近はビジネス街であり、近くに大勢の日本人が住む住宅街もあります。いわゆる「夜の街」からは離れた地域です。そして、その公園のすぐそばに、なんと24時間営業の大麻ショップがあったのです。ある関係者によると、すでに大麻に手をだす日本人の駐在員も増え、なかには大麻のために退職してタイに永住することを決めた人もいるとか。また大麻目的でタイに長期滞在する日本人の夫婦もいるそうです。
合法化の背景は「税収」か?
ビジネス街に24時間営業の大麻ショップがあるくらいですから商業街に行くと目が回るほどです。観光客も多く訪れるスクンビット通りには、一見クリニックのようなショップがあり「不眠、肩こり、頭痛などに大麻が有効」という案内がありました。「これは大変なことになっている……」と感じた私は、最終日に世界中からのバックパッカーが集まることで有名なカオサンロードを見学に行くことにしました。
すると、なんと100メートルほど歩いただけで少なく見積もっても20軒近くの大麻ショップが乱立していました。ショップだけでなく、屋台でも大麻が売られており、試しに「これ試せる?」と屋台の高齢女性に言ってみると、「もちろん!」と答え火を付けようとするのです。慌てて「冗談です、要りません!」と強く拒否しましたが、私が今の立場でなかったら、例えば20代で医療職ではなく大麻の知識があまりなかったとしたら、「せっかくだから少しだけ……」と考えたかもしれません。
タイ・バンコクのオフィス街にある24時間営業の大麻ショップ=2023年7月、筆者撮影
コロナ禍が終わり海外旅行の需要が再び増えています。円安とタイの物価高で以前ほどには低予算で楽しめなくなりましたが、タイは見どころが多く日本人には心地のよい魅力的な国ですから、老若男女問わず再びタイ渡航者が増えるでしょう。そのときに「自分は絶対大麻に手を出しません」と答えられる日本人、特に若者はどれだけいるでしょう。
なお、私が直接調べたわけではありませんが、カナダでも似たような状況だと聞きます。一見おしゃれなカフェやブティックと見間違える大麻ショップがたくさん生まれ、日本人も抵抗なく大麻を使用しているそうです。
ところでなぜ大麻を合法化する国や地域が増えているのでしょうか。医療者の一部には「医療大麻を普及させるべきだ」と考える「推進派」もいますが、そうした医師でも、私の知る限り、嗜好用大麻には賛成していません。大麻合法化は医学的な理由ではなく(つまり、「安全だから」という理由ではなく)、過去の大麻のコラムでも述べたように「違法の現状では犯罪が増える一方だから」「大麻を合法の産業とすれば税収が増えるから」といった政治的な理由によるものだと思われます。
ドラッグへの「入り口」になる危険性
では、こんな状況のなか、我々は社会として大麻とどのように向き合っていけばいいのでしょうか。まずは、わが国においても「大麻はすでに社会に浸透している」ことを認識すべきです。特に大学関係者は「うちの学生に限って……」などと考えるべきではありません。既に学内に大麻経験者がいるという前提に立って対策を立てるべきです。
そして「正しい知識」を啓発する必要があります。「大麻がアルコールやたばこよりも危険性・依存性が少ない」のが事実だとしても、大麻で人生を台無しにした人を私は総合診療医として何人も診てきました。上述したように、大麻のせいで退学した人や退職した人もいます。大麻を吸い出してからだらしなくなり昼夜逆転し今も引きこもりの生活から抜けられない人もいます。個人差はあるにしても、飲酒時以上に”効果”が翌日に残ることもあり、こうなれば外出できません。
カオサンロードにあるビルの地下1階。なんとフロアのすべての店舗が大麻ショップとなっていた=2023年7月、筆者撮影
ある男性は、大麻がいわゆる「ゲートウエードラッグ」(覚醒剤や麻薬などより強い薬物の入り口になるドラッグ)となり覚醒剤依存症となりました。「大麻はゲートウエードラッグにならない」という意見もあるのは承知していますが、少なくとも私の経験でいえば、そうなっている事例が数多くあるのです。日大アメリカンフットボール部の学生のケースも押収されたのは大麻だけでなく覚醒剤もあったと報道されています(報道ではくだんの学生は「覚醒剤は使用していない」と話しているそうですから、今回は大麻を取り上げましたが、覚醒剤の方がずっと問題が大きいのは間違いありません)。
大学関係者など若者に接する立場にいる人は、医療・保健分野の専門家とも協力しながら「大麻はすでに社会に蔓延している」という前提で啓発を考えるべきだと思います。
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。