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毎日新聞2024/6/9 東京朝刊有料記事2149文字
日本の航空機産業の歴史
<気になる>
「日の丸ジェット」の夢よ、再び―? 経済産業省(けいざいさんぎょうしょう)は4月、新たな国産旅客機(りょかっき)の開発戦略を打ち出しました。裾野の広さなどから自動車に次ぐ産業として成長が期待される一方で、知見を多く持つ欧米勢との差は歴然としています。三菱重工業の国産ジェット旅客機「スペースジェット(旧MRJ)」の開発失敗の記憶も新しい中で、官民一体の取り組みはうまくいくのでしょうか。
◆国はなぜ、開発に積極的なの?
裾野広く、新たな基幹産業に
日本の航空機産業の歴史
なるほドリ 日本で旅客機をつくるんだって?
記者 国の産業政策を担う経済産業省が今年4月に「航空機産業戦略」を発表しました。今後10年で国と民間企業が5兆円を投資し、2035年ごろをめどに国産旅客機の開発を目指す方針です。
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日本では、戦後初の国産旅客機「YS11」が1973年に生産を終了して以来、国産旅客機はありません。実現すれば、国内航空機業界にとっては悲願達成と言えるでしょう。
旅客機とは、定期便(ていきびん)に利用される航空機のことです。ホンダが開発した「ホンダジェット」は、企業経営者らが移動に使うプライベートジェット機で旅客機ではありませんが、24年3月末までに累計250機を納入しています。
Q どうして国は今、旅客機開発に積極的なの?
A 世界的に旅客機の需要(じゅよう)が増えることが見込まれているためです。新型コロナウイルスの流行で航空業界は大打撃を受けましたが、需要は急速に回復しています。日本航空機開発協会は、旅客機の利用者(航空旅客需要)が今後年率3~4%ペースで増え、約20年後には今の2倍超になると予測しています。特に中国、インド、東南アジアといった経済成長が見込まれる地域での利用が増えていきそうです。
その結果、22年末で2万5075機が使われているジェット旅客機は、42年には4万527機まで拡大することが見込まれます。古くなった旅客機の置き換え需要も増えるため、42年までに新たに3万機超が必要になりそうです。
国には、航空機産業を新たな基幹産業にしたいという思いもあります。航空機は、産業先端(せんたん)技術のかたまりで、1機当たりの部品数は自動車の100倍の約300万点と膨大です。自動車産業も裾野が広いですが、航空機は部品メーカーを含む多くの企業にとってプラスになることが見込まれます。航空機需要が増えれば、航空機製造だけでなく、整備や修理といった仕事も生まれます。
◆企業は乗り気なの?
旧MRJ失敗で温度差
ジェット機の受注状況と日本の関連企業
Q 日本のメーカーの現状は?
A IHIがジェットエンジン、三菱重工業は米ボーイング社の主翼を製造しているほか、川崎重工業、SUBARUなどの日本企業が航空機の部品・素材に携わっています。経産省によると、19年の日本の航空機産業は売上高ベースで年2兆円規模です。ただ、日本企業は欧米の航空機メーカーの下請けの地位に甘んじているのが実態で、産業規模はメーカー大手、ボーイング社を抱える米国の10分の1程度です。
最近の大きな失敗は、三菱重工の旧MRJの開発中止です。08年に事業をスタートし、機体の開発自体にはめどをつけ試験飛行もしました。ところが各国の航空当局から機体の安全性を示す「型式証明(かたしきしょうめい)」が得られず、23年に事業撤退を決めました。当初、国の支援500億円を含む1500億円を見込んだ事業費は、最終的に1兆円まで膨らみました。型式証明の取得に関する知見やノウハウが足りなかった点が指摘されています。
Q 旧MRJの失敗は生かせるの?
ジェット旅客機の需要予測
A 航空機産業戦略では、旧MRJのように民間企業1社で旅客機開発を担うのではなく、国内外の複数企業が連携して取り組むことや、政府の強力な支援の必要性を訴えています。
一方、今後の旅客機開発では、気候変動(きこうへんどう)対策が必須となります。自動車メーカーが知見を持つ水素エンジンの搭載など、日本企業の技術を生かす機会がありそうです。
Q 日本の企業は旅客機開発に乗り気なのかな。
A 自衛隊の哨戒機(しょうかいき)や輸送機の完成機メーカーでもある川崎重工の橋本康彦(はしもとやすひこ)社長は5月の決算記者会見で「海外との連携も国内だけでやる場合でも、それなりの実績を積んできたので、前向きに考えていきたい」と述べ、一定の自信を示しました。
一方、三菱重工の泉沢清次(いずみさわせいじ)社長は決算会見で「まだ大きな方針が出た段階で、具体的な計画をつくる段階ではない。検討の進み具合で適切に対応させていただく」と慎重に答えていました。企業間で温度差があります。
旅客機開発を手がけることが見込まれる大手企業は、政府が大幅に予算を増やした防衛(ぼうえい)関連事業に力を入れているという事情もあります。そうした企業からは、「人的リソース(資源)が足りない」との声も聞かれます。例えば、三菱重工は旧MRJに携わっていた社員を防衛事業に投入しています。国産旅客機の開発は、簡単には進みそうにないのが現状です。(経済部)<デザイン・大石真規子>
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