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近年のがん治療は目覚ましく進歩しています。中でも、ノーベル医学生理学賞を受賞した日本人医師の本庶佑先生が開発に関わった免疫チェックポイント阻害剤はがんの薬物療法に大きな変革と進歩をもたらしました。ステージ4というと、「末期がん」「不治の病」のイメージがありますが、ステージ4の肺がんでも免疫チェックポイント阻害剤の使用により、これまでの抗がん剤治療と比べると、生存期間を約2倍近くまで延長させることができています(注1)。中には長期にがんが消えている人も増えているのです(注2)。
とはいっても、まだまだがんで亡くなる人も多く、芸能人やスポーツ選手の「○○がんで亡くなった」というニュースを多く目にすることと思います。誰もが治るようになったと言えるほどではありません。そのような状況で、「〇〇療法でがんが消えた」「〇〇温泉でがんが消失した」「驚くべき○○ジュースの効果」などの情報をネットや書籍などで見かけると、わらにもすがる思いで、飛びついてしまうかもしれません。「民間療法」「代替療法」などと呼ばれる、このような治療法について、医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します。(この記事は、帝京大学医学部内科学講座の渡辺清高・病院教授がレビューしました)
天然産物から心身医療、運動まである補完代替療法とは、
がんの補完代替療法については、厚生労働省の「がんの補完代替医療ガイドブック【第3版】」(注3)に信頼できる情報の詳細があります。このガイドブックが対象とするのは、西洋医学(通常医療)を補ったり、代わりになったりするような医療です。
表1に補完代替療法の種類を示します。補完代替療法には、天然産物から温泉や音楽療法まで幅広い治療法が含まれます。中には「ケトン食療法」「ビタミンC療法」など自由診療として医師が行っているものもあります(ケトン食療法については「食事を変えればがんは治せる?」を参照、ビタミンC療法は「『3た論法』って知っていますか?」を参照)。このうち、漢方薬、しんきゅうなど一部公的医療保険適用になっているものを除いて、大半は保険適用になっていません。
表1補完代替療法に直接的な治療効果はない
では、こうした補完代替療法に効果はあるのでしょうか? 一言で言いますと、がんを縮小させたり、がんの進行を抑制したりする治療効果はありません(注3)。補完代替療法を受ける患者さんの動機は「わずかな望みでもがんを治したい」「がんが良くなるなら何でも試したい」「治療効果があったという実例があるなら信じたい」など、現在受けている標準治療に、少しでも良い効果をプラスしたいという思いでしょう。
このような療法に、実際に治療効果があるなら、私も個人的に試してみたいと思います。ただ、残念ながら、科学的に治療効果を示した結果は皆無です。なぜ断言できるかといえば、もし、科学的に治療効果を示した補完代替療法があれば、必ず世界中で研究が進み、公的医療保険が適用になるはずだからです。
がんの新たな治療薬を開発すれば、ノーベル賞候補になることは間違いないので、研究者は血まなこになって、新たな治療法を研究しています。私も腫瘍内科医として、がんの薬物療法を研究していますので、補完代替療法を受けている患者さんで本当に効果があったのなら、研究対象にしたいと思います。しかし、これまで補完代替療法を受けている患者さんを数百人以上診てきて、残念ながら有効だった人を一人も診たことがないのが現実です。
代替療法全般の効果については、米国での大規模な報告があります。米国のがん登録のデータを使い、ステージ2、3の乳がん、前立腺がん、肺がん、大腸がんで、手術や化学療法(薬物治療)、放射線治療の標準治療を受けた患者さんと、標準治療を受けずに代替療法を受けた患者さんとを比較した研究です。この結果、代替療法を受けた患者さんの死亡リスクは標準治療を受けた患者さんの2.5倍と報告されています(注4)(図1)。
図1
死亡リスク比(ハザード比)とは、死亡する確率を試験期間全体の平均的な群間差として推定したものです。通常は分子に新治療(代替療法)のハザード(危険性)、分母に既存治療(標準治療)のハザードとして相対的な効果の大きさを推算します。信頼性が高いランダム化比較試験(注5)の結果ではなく、結果からさかのぼった後ろ向き解析のデータではありますが、米国のがん登録は、SEER(注6)と呼ばれ、50年の歴史があり、広く全米のがん患者さんの診断や治療の情報を網羅している非常に信頼性が高いデータベースなので、その結果の信頼性も高いと言えます。
また、同じくSEERを使った研究で、標準治療のみを行った患者さんと、標準治療に加えて代替療法を受けた患者さんとのその後を比較した研究結果も報告されました。標準治療だけでは不安なので、わずかな効果でも上乗せしたいと代替療法を受ける患者さんが米国にもいると思われます。しかし結果は、標準治療+代替療法を受けた患者さんの方が悪い結果となってしまいました(注7)(図2)。この結果の解釈として、元々経過が悪い患者さんの方が代替療法を選びやすい、という背景も考えられます。ただし、あらかじめ、経過に影響を及ぼす因子を両群とも均等になるように一致させた集団で解析したコホート研究であり、ランダム化比較試験には劣りますが、かなり信頼ができる結果と言えます。
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図2
標準治療+代替療法を受けた患者さんのその後が悪かった原因としては、標準治療+代替療法を受けた患者さんは、途中で標準治療を中止するケースが多かったことも考えられます。代替療法を信じすぎるあまり、標準治療を止めてしまっては、逆効果になりかねません。
実は副作用もある補完代替療法
補完代替療法は天然産物や運動、温泉などが多いため(表1参照)、一般的に副作用がほとんどないと考えられていますが、時には、重篤な副作用をもたらすことがあります。アガリクスはキノコの一種で、基礎的研究でがんに効果があるとされ、十数年前にがん患者さんの間ではやりましたが、我々はアガリクスが原因と考えられる劇症肝炎の症例を報告しました(注8)。またプロポリスは重篤なアナフィラキシーショック(注9)や、腎不全の報告(注10)があります。
一部の補完代替療法がもつQOL改善効果
では、補完代替療法はまったくダメな療法で、まったく意味がないのでしょうか? そうではありません。海外では有名ながんセンターなどでも、施設内に補完代替療法ユニットが設置されていたりします。その多くははり療法やヨガなどです。はり療法は、がんの痛みを軽減する効果が示唆されています(注11)。また、ヨガにも乳がん患者のQOL(クオリティー・オブ・ライフ:生活の質)を改善させる可能性が示されています(注12、13)。音楽療法は、おのおのの患者さんの好みや状況に合わせて専門の音楽療法士が音楽を奏でる療法ですが、がん患者の不安、うつ症状、痛み、だるさを改善させ、希望を与えるというシステマティックレビュー(注14)の結果(注13、15)があります。音楽療法は、米国のホスピスケアプログラムでは積極的に取り入れられています(注16)。
がんの補完代替療法の実態調査
国内の全国実態調査によると、44.6%の患者さんが何かしらの補完代替療法を使っています(注3、17)。この報告によると、67%ががんの進行抑制を目的に補完代替療法を受けていて、驚くべきは、高学歴の人で代替療法を受ける頻度が高かったのです。また、補完代替療法に要する1カ月あたりの費用は平均5万7000円でした。中には、月に50万円投じるという人もいました。
おわりに
がんの補完代替療法について解説しました。補完代替療法にがんの進行を抑制するような治療効果の科学的根拠は示されていませんが、一部の療法については、QOLを向上させることが示されているものがあります。補完代替療法について、正しい情報を知り、がんとうまく付き合っていくようできることを願っています。
参考文献
1.Ferrara R, Imbimbo M, Malouf R, Paget-Bailly S, Calais F, Marchal C, et al. Single or combined immune checkpoint inhibitors compared to first-line platinum-based chemotherapy with or without bevacizumab for people with advanced non-small cell lung cancer. The Cochrane database of systematic reviews. 2021;4(4):Cd013257
2.Nishio M, Ohe Y, Ikeda S, Yokoyama T, Hayashi H, Fukuhara T, et al. First-line nivolumab plus ipilimumab in metastatic non-small cell lung cancer: 5-year outcomes in Japanese patients from CheckMate 227 Part 1. Int J Clin Oncol. 2023
3.がんの補完代替医療ガイドブック【第3版】. 厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』
4.Johnson SB, Park HS, Gross CP, Yu JB. Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival. Journal of the National Cancer Institute. 2018;110(1)
5.ランダム化比較試験 (RCT: randomized controlled trial)
6.Institute NC. SEER IS AN AUTHORITATIVE SOURCE FOR CANCER STATISTICS IN THE UNITED STATES.
7.Johnson SB, Park HS, Gross CP, Yu JB. Complementary Medicine, Refusal of Conventional Cancer Therapy, and Survival Among Patients With Curable Cancers. JAMA oncology. 2018;4(10):1375-81
8.Mukai H, Watanabe T, Ando M, Katsumata N. An alternative medicine,An alternative medicine, Agaricus blazei, may have induced severe hepatic dysfunction in cancer patients. Jpn J Clin Oncol. 2006;36(12):808-10
9.関戸祐子、尾崎徹、川野雄一朗、高木誠、中山雄二朗、福永崇、菊池忠、白井純宏、具嶋泰弘、前原潤一. プロポリスが誘因と考えられたアナフィラキシーショックから劇症肝炎を併発し、不幸な転帰をたどった1 例. 第43回日本集中治療医学会学術集会プログラム・抄録集. 2016;846-FP-301
10.公益社団法人福岡県薬剤師会. 薬事情報センターに寄せられた県民・医療従事者からの相談事例.2017
11.He Y, Guo X, May BH, Zhang AL, Liu Y, Lu C, et al. Clinical Evidence for Association of Acupuncture and Acupressure With Improved Cancer Pain: A Systematic Review and Meta-Analysis. JAMA oncology. 2020;6(2):271-8
12.Cramer H, Lauche R, Klose P, Lange S, Langhorst J, Dobos GJ. Yoga for improving health-related quality of life, mental health and cancer-related symptoms in women diagnosed with breast cancer. The Cochrane database of systematic reviews. 2017;1(1):Cd010802
13.日本緩和医療学会. がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス. 2016
14.Lumedia. システマティックレビュー・メタアナリシス
15.Bradt J, Dileo C, Myers-Coffman K, Biondo J. Music interventions for improving psychological and physical outcomes in people with cancer. The Cochrane database of systematic reviews. 2021;10(10):Cd006911
16.Association AMT. Music Therapy in Hospice Care.
17.Hyodo I, Amano N, Eguchi K, Narabayashi M, Imanishi J, Hirai M, et al. Nationwide survey on complementary and alternative medicine in cancer patients in Japan. J Clin Oncol. 2005;23(12):2645-54
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。