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人工甘味料は「積極的にとっていい」 見えた可能性山田悟・北里大学北里研究所病院副院長、糖尿病センター長
2023年8月29日
人工甘味料は血糖値に与える影響がないため、糖質たっぷりのものであふれかえる現代社会で健康的な生活を送るために欠かせません。一方、安全性を不安視して「体に悪い」と手に取ることをためらう人も少なくありません。世界保健機関(WHO)傘下の研究機関も今年7月、「アスパルテーム」に発がん性の可能性があるとの見解を示しました。しかし、糖尿病専門医で「ロカボ」の生みの親、山田悟医師は「『脂は太る』と同様、根拠なき固定観念に過ぎません。積極的に摂取して大丈夫」と言います。その訳をじっくり聞くと、人工甘味料が持つ大きな可能性が見えてきました。
人工甘味料は体に悪い?
現在、日本で広く普及している人工甘味料の一つに「エリスリトール」があります。果物の発酵食品から抽出されるなどした天然由来の甘味料で、炭水化物の一つ「糖アルコール」に分類されますが、カロリーはありません。
摂取しても小腸から吸収され、血中を経てそのまま尿で排せつされるためエネルギーにならず血糖値も上がりません。米食品医薬品局「FDA」と欧州の医薬品庁「EMA」がともに「上限値を設定する必要がない」としており、安全な食品といえます。
エリスリトール以外でよく使われる人工甘味料に「キシリトール」や「アスパルテーム」、「スクラロース」、そして天然甘味料の「ステビア」や羅漢果のエキスなどがあります。羅漢果も上限量は決められていませんが、アスパルテーム▽スクラロース▽アセスルファム――などには上限量が決められています。ただ、1日当たり缶ジュース15本分程度と普通の食生活では摂取しない量なので、普段使いするのであれば問題ありません(Diabetes Care 2002; 25: 148-198)。
ダイエットに使っても問題ないです。2014年に発表された、人工甘味料と水のどちらに減量効果があるのかを比較した研究結果をみてみましょう。
人工甘味料を使った飲料を飲むグループと水を飲むグループの二つに分け、双方とも飲料以外は基本的に全く同じプログラムで減量に取り組みました。すると、人工甘味料グループの方が、減量効果が高かったのです。水グループは飢餓感と空腹感が上がりました(Obesity 2014; 22:1415-1421)。人工甘味料グループは甘いものを摂取して満足感を覚えており、より効果が高くなったのかもしれません。もちろん、いずれもカロリーがないので、差異がないとするデータもありますが、少なくとも水と同等かそれ以上に減量に意義があるといえます。
血糖値も上げにくい
一方、同じ14年、雑誌「ネイチャー」に「人工甘味料は太る」と指摘した論文が掲載されました。マウスに3種類の人工甘味料(サッカリン、スクラロース、アスパルテーム)を与える研究で、サッカリンのみ血糖値が上がったのですが、それだけを捉えて、全ての人工甘味料が血糖値を上げるかのように結論づけていたのです(Nature 2014;514:181-186)。
しかし、同量の砂糖をとった時のデータとの比較がなされていません。この結果で「全ての人工甘味料は血糖値を上昇させる」と結論づけるのはあまりに非科学的でアンフェアです。「人工甘味料は悪い」と決めつけるため、無理につくり出したようにも思えます。この論文を根拠に「人工甘味料を食べてはいけない」と患者に指導する医療従事者もいるので、罪深いです。まるで意味の無い拘束なのですから。
私たちも12年、普通のケーキより、人工甘味料を使ったケーキの方が血糖値を上げにくいとの研究結果を報告しています(糖尿病 2012; 55: 380-385)。しかも中性脂肪の上昇まで抑えていました。油脂の摂取量が増えてもゆっくり消化するため、中性脂肪には影響がありません。人工甘味料を使って糖質を大きく減らすことで得られる恩恵は大きいのです。
発がん性も心配無用
人工甘味料に発がん性があるとのうわさに戸惑い、警戒している人も多いかもしれません。確かにサッカリンやアスパルテームの発がん性を指摘する論文は存在します。とりわけサッカリンは雄のラットに与えるとがんが起こりやすいとの報告があります。しかし雌のラットでも雄のマウスでもそうはならない報告もあります(Regl Toxicol Pharmacol 1993; 17: 35-43)。人間の場合は言わずもがなで、根拠になど到底なり得ません。米国ではサッカリンが一度販売停止になったものの、その後再開しています。
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また、「世界保健機関(WHO)」傘下の「国際がん研究機関(IARC)」が今年(23年)7月、アスパルテームに「発がん性の可能性がある」との見解を示したことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。特に肝臓がんを引き起こす可能性に懸念を示しています。
しかしその中身は、アスパルテームを「問題なし」としてきたこれまでの姿勢と何ら変わっていません。
4段階ある発がん可能性のうち下から2番目の「2B」に指定しています。ガソリンを使用したエンジンの排ガスの吸入やわらび、漬物の摂取などと同レベルで、発がん性の最も高い「1」にはたばこやアルコールなどが含まれます。そもそもこの2Bという分類は、以前にはコーヒーの摂取も含まれていました(その後、それはコーヒー摂取と同時に行っている喫煙の影響であろうとして、一番下の3に分類が変更されましたが、何らかの試験で安全性が証明されたわけではありません)。発がんの原因となり得るか否かの根拠の強度を示すもので、発がん性の強さや、がんが発生する可能性の高さを示してはいません。しかも、アスパルテームはたばこなどと違って確固たる結論も出ていないのです。
もし、今回の分類を理由として人工甘味料は避けるべきだとする医療従事者がいるとすれば、彼らはその以前から漬物の摂取に反対意見を明確に主張している必要があります。そして、そんな方を見たことがありません。
一方、そのWHOと「国連食糧農業機関(FAO)」の合同食品添加物専門家会議(IECFA)も今年7月、アスパルテームの1日当たりの摂取許容量を40㎎と評価しました。体重70㎏の人を例にとると、アスパルテーム使用ジュース9~14本分です。前回16年と全く同じ評価で、「一般的に摂取している量では安全性に大きな懸念がない」との見解も示しています。それなのに、WHOの担当者は「(人工甘味料使用飲料の)代わりに水を飲みましょう」と勧めています。理解に苦しみます。
人工甘味料と人間のがんとの因果関係をはっきりと証明した論文は今のところ存在せず、エビデンスはありません。「人工甘味料を摂取するとがんになるのでは?」と警戒する必要はないのです。
天然の砂糖よりも安全
また、「人工甘味料を使った飲料を多く飲んでいる人ほど何らかの病気にかかりやすい」とのデータも複数存在しますが、そのほとんどは、肥満の人が治療のために人工甘味料を摂取しているものです。病気も大腸がんや腎臓病など、人工甘味料よりも、その摂取の理由である「太っていること」が原因と推測されるものばかりです。治療効果があるものを病気の人が使っているため、未使用者よりも健康状態が悪くみえることを「因果の逆転」といいます。
そもそも糖質の摂取そのものががんにつながるとの研究結果も出ています。糖質の摂取量が多いほど肥満や糖尿病の発症率が高くなり、肥満も糖尿病もがんの発症と関連があるため、糖質の摂取量が多いほどがんになる確率が高くなるのは道理なのかもしれません。また、太っている人も糖尿病やがんを発症しやすいのも当然ですから、その人たちが砂糖から人工甘味料に切り替えることでがんの発症率を抑えられる可能性があります。
人工甘味料だけをとらえて揚げ足をとっても意味はありません。「天然のものがいい」との決めつけから人工甘味料をやめて砂糖を選ぶなどというのはおかしなことで、本末転倒とさえいえます。砂糖を使ったジュースを飲む方が血糖や肥満に大きな影響が出るので、天然の砂糖よりも人工甘味料の方がむしろ安全といえます。神経質になる必要はありません。
また、WHOは今年5月、人工甘味料に関する新たなガイドラインを公表しました。体重管理や糖尿病などのリスク軽減のために、人工と天然を問わず全ての甘味料の摂取を減らすべきだと勧告したのです。
しかし、これにはからくりがあります。
WHOは昨年(22年)、全く違う内容の報告書を公表しています。個別の試験結果を複数まとめて評価する「システマチックレビュー」です。研究の対象者を二つ以上のグループに無作為に分け、治療法などの効果を検証するランダム化(無作為化)比較試験29件の結果から、人工甘味料が砂糖より体重を有意に減らしているとしました。ランダム化比較試験は主観が入り込まず、エビデンスレベルが最も高いです。冒頭で触れた、人工甘味料の減量効果の正しさが改めて立証されたわけです。
しかし、今年5月に発表されたガイドラインでは、なぜかそのランダム化比較試験の結果に、エビデンスレベルが低いため信頼性に劣る「コホート研究」(集団の観察研究)の結果まで加えています。それを踏まえて委員が多数決をしたため、疑問符がつく材料で決めたものといえます。
また、人工甘味料の長期使用で、「成人で2型糖尿病や心血管疾患の発症リスクや死亡率上昇リスクなど望ましくない影響がある可能性」も指摘しましたが、なぜ長期的な体重管理や体脂肪減少の役に立たないのかとの機序までは説明していません。
そもそも、あまたある人工甘味料の一つ一つは代謝が異なります。それを十把一からげに「ダメ」というのも暴論です。可能性を否定できないからといって全て却下するのは機械のやり方で、人間のやることではありません。
人工甘味料を必要としている人がどのような人たちか思い浮かべてください。糖尿病の患者さんや健康志向の強い人がささやかな楽しみのために甘いものを食べる。その楽しみすらあやふやな根拠で奪っていいのでしょうか。医療従事者は苦しむ患者さんに寄り添うべきだと考えるのです。
人生の楽しみ広げる人工甘味料
人工甘味料は健康に何の問題もなく、安心して食べられるものだとお分かりいただけたかと思います。血糖値が高くなりやすいものの甘いものが大好きな私にとっても、人工甘味料は必需品です。15年使い続けても健康体のまま、大病を患ったことがありません。妊婦さんや授乳なさっている方も上限量を守りさえすれば気にせず食べて大丈夫です。
甘いものを食べたいときは、人工甘味料を使えばいいのです。例えば人工甘味料を用いてコーヒーゼリーを作り、乳脂肪分が高い無糖の生クリームに人工甘味料を加えて泡立ててたっぷりのせると、血糖値に全く影響のないスイーツのできあがりです。これがおいしい。現在は著名なパティシエが努力を重ね、人工甘味料を用いた低糖質スイーツを次々と開発しています。糖尿病患者や肥満の人にも甘いものを楽しむことができるチャンスが広がっており、取り入れることにためらいは要りません。
嗜好(しこう)品は、栄養学的にみると必要ないのかもしれませんが、豊かな人生を送るためには欠かせません。頭を使って工夫すれば、血糖値を上げずに甘いものを食べられます。人工甘味料は楽しみの幅を大きく広げてくれます。私たち、血糖値が上がりやすい日本人にとっての力強い味方なのです。
【聞き手=編集部・倉岡一樹】
写真はゲッティ
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1970年生まれ。94年慶応義塾大医学部卒業。同大内科学教室腎臓内分泌代謝研究室などを経て2002年に北里研究所病院へ転じ、07年から糖尿病センター長、21年から同院副院長を務める。我慢ばかりを強いるカロリー制限中心の食事療法で、向き合う糖尿病患者の生活の質が低下している現実と直面した。そんな中、食事をおいしく、おなかいっぱい楽しみながら血糖値を穏やかに保ち、肥満者の減量効果にも優れる、緩やかな糖質制限食と出合う。治療に積極的に取り入れるとともに、「ロカボ」と名付けて普及に努め、2013年に「食・楽・健康協会」を設立した。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日本糖尿病学会指導医など。主な著書に「カロリー制限の大罪」「糖質制限の真実」「奇跡の美食レストラン」など。慶応義塾大医学部非常勤講師、北里大学薬学部非常勤講師、星薬科大学非常勤講師。