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保育士の裕美子さん(52歳、仮名)は1カ月ほど前から、歩き始めや階段を上るときに脚の付け根に痛みを感じるようになった。勤務先の保育園の子どもたちと目線を合わせるためにしゃがもうとすると、股関節に激痛が走る。痛みが強く仕事に支障をきたすようになったため、近所の整形外科を受診したところ「変形性股関節症」と診断された。
最も多いのは変形性股関節症
変形性股関節症は、股関節の軟骨が少しずつすり減り変形してしまう病気。股関節の痛みを生じる原因として最も多い病気で、関節軟骨がすり減って削れた骨のかけらなどを異物と判断して免疫細胞が攻撃するために炎症が起こり、強い痛みが生じることがある。
加齢や肥満、スポーツなどで股関節に過大な負担がかかったことによる1次性と、病気やけがが原因の2次性に分けられるが、「日本では、大腿骨(だいたいこつ)を支える骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)という部分が生まれつき小さい『寛骨臼形成不全』による2次性の変形性股関節症が約8割を占めるのが特徴です」
そう解説するのは、「股関節痛の教科書 自分に合ったケアと治療法がわかる」(池田書店)の共著書がある、国立国際医療研究センター病院関節外科・人工関節センター病棟統括医の斉藤貴志(さいとう・あつし)さんだ。
斉藤貴志医師=筆者撮影
股関節は、大腿骨の上端のボール状の大腿骨頭(だいたいこっとう)が骨盤の寛骨臼という臼状(臼のような形)の部分にはまり込む構造になっている。通常は、大腿骨頭の3分の2ほどを寛骨臼が覆い、体を支えている。寛骨臼が小さく、覆っている部分が浅い寛骨臼形成不全だと、大腿骨を支える骨盤部分の面積が狭いために股関節に負荷がかかって軟骨がすり減り、変形も生じやすい。裕美子さんも、生まれつき寛骨臼が小さいことが原因の変形性股関節症と医師に言われたという。
寛骨臼形成不全のなかには、乳児期に股関節の脱臼を起こす「発育性股関節形成不全」から移行したケースもある。発育性股関節形成不全は、かつて「先天性股関節形成不全」と呼ばれていたが、生まれつき股関節の形が異常なわけではなく、発育に伴って生じることが分かったため病名が変更された。乳幼児期の脱臼が放置されることもあった時代には多かった病気だが、検診や検査技術が進歩した現在では、発見されずに未治療のまま成人となるような人は70歳未満にはほとんどみられなくなっているという。
安静時も痛む場合はすぐに受診を
割合としては少ないものの、変形性股関節症の原因には他にも、10~14歳の成長期に大腿骨頭部にゆるみが生じてずれる「大腿骨頭すべり症」、大腿骨頭の血行障害で骨頭がつぶれて変形する「ペルテス病」がある。幼少期にこのような病気があっても気づかれず、中年期以降になって股関節の痛みや足を引きずって歩く跛行(はこう)と呼ばれる症状が出てから病気だったことが分かる場合も少なくない。
原因は不明だが、寛骨臼形成不全は女性に多く、大腿骨頭すべり症は10~14歳の肥満傾向のある男女、ペルテス病は4~8歳の男児に多い傾向がある。
「変形性股関節症の割合は、日本では全人口の1~4.3%程度と推計され、人口で換算すると約120万~510万人とみられます。初期の段階では脚の付け根に違和感を覚える程度の人もいますが、徐々に痛みが強くなったりこわばりが生じたりして股関節が動かしにくくなり、進行すると歩くことが困難になることもあります。市販の消炎鎮痛薬で治まるような痛みなら少し様子を見てもいいですが、股関節に痛みがあるときには整形外科を受診しましょう」
そう話す斉藤さんによると、特に早く整形外科を受診した方がよいのは下記の三つのうち、一つ以上に当てはまる場合だ。
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<すぐに医療機関を受診した方がいいケース>
◇安静時に痛みがある
◇痛みと同時に発熱がある
◇転倒などで股関節を打った後に痛みを感じるようになった
「安静時に股関節の痛みや発熱がある場合には、関節の細菌感染による化膿性(かのうせい)関節炎、あるいは、頻度は少ないですが、がんの骨転移の恐れがあります。また、股関節を打った後に痛みが生じたのなら骨折かもしれません。強い痛みがある場合には、血流障害によって大腿骨の一部が壊死(えし)する大腿骨頭壊死など、すぐに手術をした方がよい可能性がある病気のこともあるので、やはり早めの受診が肝心です」と斉藤さん。
まずは薬で痛みを軽減
股関節の痛みを訴えて整形外科を受診した際には、レントゲン(X線)検査かMRI(磁気共鳴画像化装置)検査、触診による徒手(としゅ)検査とスカルパ三角圧痛テストをするのが一般的だ。
徒手検査では、医師が患者の痛む方の脚を持っていろいろな方向へ動かし、可動範囲やどのようなときに痛みが生じるかを調べる。
スカルパ三角圧痛テストは、脚の付け根の筋肉と靱帯(じんたい)に囲まれた「スカルパ三角」と呼ばれる部分を医師が親指で押して圧力をかけ、痛みが出るかどうかや左右差があるかを確認する方法だ。
徒手検査で脚を動かせない範囲があったり、スカルパ三角圧痛テストで痛みが出たり左右差がみられたときには、股関節の痛みが生じる病気を発症している可能性が高い。病名は、こういった検査や画像検査の結果を合わせて総合的に判断される。
「変形性股関節症の場合には、一般的にまずは薬物療法、補助具療法、運動療法、患部を入浴などで温める温熱療法を組み合わせる保存療法で治療します。薬物療法では、ロキソプロフェン(商品名・ロキソニン他)、ジクロフェナクナトリウム(同・ボルタレン、ナボール他)などの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、アセトアミノフェン(同・カロナール、アセトアミノフェン『JG』他)、強力な鎮痛効果のある医療用麻薬のトラマドール(同・トラマール他)などを使って、痛みと炎症を抑えます」と斉藤さん。
杖を活用、負担軽減
股関節にかかる負担と痛みを軽減するには、薬物療法と並行して、歩行時に杖(つえ)や歩行器を使う補助具療法も有効だ。通常のT字杖(1点杖)の他、四つの点で支える多点杖もある。杖は自分の身長に合ったものを選び、理学療法士や医師の指導を受けたうえで使うことが推奨されている。杖は痛みがある側につくと考える人もいるかもしれないが、痛みがあるのとは反対側で使用する。
「年齢が若く一般的なT字杖に抵抗感がある人は、ロフストランド杖を使う方法もあります。また、股関節への負担を減らすという意味では、両手にスキーのストックのようなポールを持って歩くノルディックウオーキングもお勧めです」(斉藤さん)
裕美子さんの場合、ロキソプロフェンを2週間服用したところ痛みが軽減した。靴下は椅子に座って履き、階段を上るときには手すりをつかむ、子どもと目線を合わせるときにはしゃがまずに膝をつく、歩くときにはノルディックウオーキング用のポールを使うなど股関節への負担を減らすように心がけているという。
ところで、コンドロイチンやグルコサミンなど、関節の痛みの改善をうたうサプリメントは、変形性股関節症に効果はあるのだろうか。
「コンドロイチンやグルコサミンなどのサプリメントは、変形性股関節症を改善する効果が科学的に実証されているわけではなく、欧米でも推奨されていないようです。ただ、私の個人的な意見ですが、40代半ばから50代半ばくらいまでの更年期の女性の場合は、大豆から生み出される成分のエクオール・サプリメントによって、女性ホルモンのエストロゲンが急激に減った影響による関節の痛みが軽減される可能性があります。更年期になって関節の痛みが増した女性は、エクオールを試してみてもよいかもしれません」と斉藤さんは語る。
次回は、変形性股関節症や股関節の痛みを改善・予防する運動療法について取り上げる。
特記のない写真はゲッティ
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福島安紀
医療ライター
ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。