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毎日新聞 2023/9/23 13:00(最終更新 9/23 14:10) 有料記事 3996文字
生態系を守る意味について小池陽人さん(左)と語り合う、生物採集系ユーチューバーのマーシーさん。手前にあるのは駆除したヌートリアの毛皮だ=滋賀県内で2023年9月6日、梅田麻衣子撮影
網を手に琵琶湖を走り回り、カエルや魚を捕まえる。そんな動画で若者を中心に人気を集めるのが、生物採集系ユーチューバーのマーシーさん(29)だ。楽しく遊んでいるようで、実は生態系に悪影響を及ぼすとされる特定外来生物の現状を知らせようとしている。とはいえ、生き物を「駆除」する動画には「地獄に落ちるぞ」といったコメントも届くらしい。命の大切さを説く仏教の立場からは何が見えるのか。ユーチューバー僧侶の小池陽人さん(36)と滋賀県内の自宅を訪問し、捕獲した生き物たちが見守る部屋で対談してもらった。【構成・花澤茂人】
ウシガエルを3452匹駆除
小池 幼い頃から生き物が好きだったのですか。
マーシー はい。釣り好きの父の影響ですが、小学1年のころには網を持って近所の川で生き物を捕まえていて、そのまま今に至る感じです。出身は滋賀ではなく岡山なのですが、外来種が多い地域でした。水田の周りにいたミシシッピアカミミガメやジャンボタニシ、ブルーギルなんかを捕っていました。といっても生態系への問題意識があったわけではなく、ただ純粋に楽しんでいましたね。大学時代も環境問題を学びながら、サークル活動で(網で水辺の生き物を捕まえる)「ガサガサ」や釣りをしていました。
小池 琵琶湖で活動を始めたきっかけは。
マーシー 大学卒業後に就職し、不動産の営業の仕事で滋賀に来ました。4年ほど続けましたが、やはり自分が一番好きなことをしたいと思い、子どもたちと自然の中でのレクリエーションをして楽しみながら環境について学んでもらう「エコツアーガイド」を目指すことにしました。
それならば、まずは琵琶湖の自然環境を知らねばならないと思い、仕事を辞め、琵琶湖でガサガサを始めたんです。1年ほどかけてほぼ一周しました。
小池 琵琶湖を見て回る中で、どんなことを感じましたか。
マーシー ここにしかいない固有種がとても多いということです。ビワコオオナマズやビワヒガイなど「ビワ」という名前を冠した生き物がたくさんいます。これは他の地域ではほとんど見られない素晴らしい環境と言えます。
特定外来生物の問題を発信するマーシーさんの動画=ユーチューブチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」より
小池 そんな中で、外来種の問題にも関心を持ったのですね。
マーシー 琵琶湖を回りながら、記録のために動画を撮ってユーチューブを始めました。開業したときの広報にも役立つかな、くらいの気持ちで。そんな中で2020年の秋、特定外来生物のウシガエルを4時間で3452匹捕まえるという動画を撮りました。ウシガエルは生態系への悪影響が非常に強い生き物です。それが半径20メートルくらいの範囲に無数にいて、しかも4時間やっても、たくさん残っていました。その現状に、率直に「ヤバいな」と思いました。動画へのコメントでも、外来種を駆除することに対して前向きな意見が多く、自分の問題意識が高まるきっかけにもなりました。
小池 そんなにたくさんのウシガエルが。動画への反響も大きかったのでは。
マーシー 21年1月に公開しましたが、チャンネル登録者数が500人くらいから一気に2万人くらいに増えました。ちょうどサラリーマン時代と同じくらいの収益がいただけるようになり、新型コロナ禍もあって対面での活動が難しい時期だったこともあって、ユーチューバーとして活動し始めたのです。
小池 まるで、外来種問題に取り組みなさいという何かの導きのようですね。やりがいを感じることは。
マーシー 普通では関心を持ちづらい生き物の問題を知ってもらえることです。例えばこの6月1日から、ミシシッピアカミミガメなどのアカミミガメとアメリカザリガニが「条件付特定外来生物」に指定されました。
小池 うちのお寺の近くの池にもいますよ。
マーシー それだけ全国的に身近な生き物ですが、野外へ放出することが法律で罰せられるようになったんです。でもそれを知らない人がとても多いので、私から呼びかけて環境省とコラボレーションをし、啓発動画を作りました。そこに貢献できたのはよかったと思います。こうした動画はあまり視聴回数が増えないのですが、インパクトのある動画を導線にして、こちらにも関心を持ってもらえたらうれしいですね。
「生態系を守る」の意味
小池 知ってもらうということが大事なのですね。ところで、外来種とはいえ駆除することに対して「殺すなんてひどい」「可哀そう」という声も多いのでは。それにはどう答えますか。
マーシー そうした声はたくさんいただきます。「地獄に落ちるぞ」なんて言われることも。難しい問題ですが、やはり持続可能な社会を実現するために、生態系を守りたいということなんです。
環境問題の深刻さについて語るマーシーさん(右)の言葉に耳を傾ける小池陽人さん=滋賀県内で2023年9月6日、梅田麻衣子撮影
「生態系サービス」という言葉があります。生態系の中から僕たちにもたらされる恩恵のことで、生活のさまざまな場面に関わっています。例えば琵琶湖で考えると、おいしいアユを食べられるのも一つ。希少な生物は観光資源にもなっています。ここに畳がありますが、イグサが絶滅したら作ることはできません。蜂がいるから花が受粉できて、さまざまな野菜や果物が食べられます。
僕たちは絶妙な生き物たちとの関わり合いの中でさまざまな恩恵を受けて、やっと生きられてるんですよね。それを失うことによって僕たち自身がものすごい被害を受けることを防ぎたいというのが、「生態系を守る」の根本的な意味なんです。
小池 ヌートリアにしても、あるいはミシシッピアカミミガメにしても、野放しにすることによって、多様性を保てていた生態系が崩れ、その先で多くの命が失われているということですね。
マーシー そうです。よく「この子(特定外来生物)たちに罪はない」と言う人がいますが、おっしゃる通りです。元はといえば僕たち人間が持ち込んでしまったために、「罪はないけど害がある」存在になってしまったのです。僕も、駆除するときには「ごめんね」と手を合わせることもあります。可哀そうではあるけれども、この問題を解決する責任も人間にはある。それが僕の答えかなと思っています。
「気づきなさい」という教え
小池 仏教徒が守るべき「戒」の第一は「不殺生戒」です。殺してはならない。しかし考えてみたら、我々は動物か植物かの命をいただかなければ生きてはいけません。また、人間社会の豊かさは、多くの生き物の命の犠牲の上で成り立っています。それなのに、なぜお釈迦(しゃか)様はそんな無理な目標を立てたのか、ずっと不思議でした。
生物採集系ユーチューバーのマーシーさん=滋賀県内で2023年9月6日、梅田麻衣子撮影
最近思うのは「それに気づきなさい」ということなのではないか、ということです。「守れていないじゃないか、守れていないじゃないか」と自分に日々問いかけることで、生き物の命の尊さ、ありがたさに気づけるのです。環境を壊してしまうのも人間ですが、そこに気づき、恩返し、あるいは罪滅ぼしすることができるのも人間なのでしょう。マーシーさんにとっては、それが外来種駆除という活動につながっているのですね。
マーシー そうかもしれません。また、気候変動も深刻だと思っています。最近の夏は暑過ぎますよね。科学的根拠がある話ではありませんが、この夏、僕の周りでは蚊をほとんど見ませんでした。蚊は水たまりに卵を産みますが、水温が上がりすぎて生まれない、もしくは干からびてしまったとか、そうした原因もあるのではないかと思っています。
人間から見たら不快な害虫ですが、蚊を食べる生き物もたくさんいますので、生態系にも影響がありそうです。いくら外来種を駆除しても、そもそも在来種が生きられる環境が壊れていたら意味がない。どちらも重要な問題です。
「子孫」に感謝される生き方を
小池 都市で暮らす人が増えている今、暮らしがどんどん自然と隔絶している気がしています。あらゆることが人間中心の視点になっている気もします。
仏教では、食事をする際に、食べ物が目の前に来るまでの恵みに思いをはせてお経を読みます。ただ一般の方はそんなことをしていられない。スマホをいじりながらかき込んでいる人も多いでしょう。私もそんな時があります。そんな状況の中、どうすれば自然を身近に感じ、自然を守る行動ができると思いますか。
マーシー まずは関心を持ち、知ることだと思います。僕の動画を見てもらうこともアクションの第一歩。見てもらえるからこそ、僕は活動できているんですから。また、例えば環境に配慮した農作物を買うことも、問題意識の高い農家さんを応援することになります。
小池 都市にいても、できることはあるのですね。過去から受け継がれてきたこの地球環境ですが、未来からの借り物だという考え方もあります。自分たちが「先祖」と呼ばれる存在になった時、まだ見ぬ子孫たちから感謝されるような生き方をしなければならないと改めて感じました。
小池陽人さん=滋賀県内で2023年9月6日、梅田麻衣子撮影
ご縁に感謝(小池陽人)
外来種の問題、生態系の問題、環境の問題、これらはすべて地続きで私たちの生活とつながっています。それに気づくこと、知ることが第一歩というご指摘に、うなずきました。仏教では「諸法無我(しょほうむが)」と説きます。自分単体で生きていけるもの、存在しているものは何一つこの世に存在しないという意味です。これはまさに、生態系のお話に通じます。命を大事にするとはどういうことなのか、マーシーさんの動画は、それを今一度私たちに問いかけているのだと思いました。
まーしー
1993年、岡山県生まれ。滋賀県在住。2020年にユーチューブチャンネル「マ-シーの獲ったり狩ったり」を開設。チャンネル登録者数は約38万人(23年9月現在)。
こいけ・ようにん
1986年、東京都生まれ。真言宗須磨寺派大本山・須磨寺(神戸市須磨区)寺務長。2017年にユーチューブチャンネル「須磨寺小池陽人の随想録」を開設。チャンネル登録者数は約6万人(23年9月現在)。