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毎日新聞 2023/9/27 08:00(最終更新 9/27 08:00) 有料記事 1989文字
卵からふ化してすぐのマダコ=団重樹・東京海洋大准教授提供
日本の海での養殖は、戦前にアコヤガイやカキなど貝類でまず発展した。魚類養殖は1927年、香川県引田(ひけた)町(現・東かがわ市)で、ハマチやタイなどを養殖したのが最初といわれている。養殖技術の発展によって60年ごろから全国で活発になり、ブリ、マダイ、フグなどに加えて、研究開発によってクロマグロなどの養殖も可能になった。
だが、いまだに養殖が実現していない種類がある。その代表がマダコだ。日本では60年代に研究が始まったが、ふ化した稚ダコがすぐに死んでしまうという問題があり、半世紀以上にわたって足踏みしていた。
ところがこの数年、マダコ養殖の研究が急速に進みつつある。果たして、60年来の悲願はかなうのだろうか。
広島県尾道市の中心部にある尾道港から、フェリーで約45分。瀬戸内海に浮かぶ周囲約12キロの百島の海辺に「水産研究・教育機構」(本部・横浜市)の庁舎がある。2015年、ここに赴任してきた一人の研究者がマダコ養殖に取り組み始めた。しかし、研究はうまくいかないことの連続だった。
マダコ養殖の研究について説明する団重樹・東京海洋大准教授=2023年7月28日、オンライン取材の画面より
「話が違うじゃないか。誰が原因は『栄養』って言ったんだ……」。同機構の主任研究員、団重樹さん(現・東京海洋大准教授)は、死んで水槽の底に沈んでしまった稚ダコを見ながら、頭を悩ませていた。
マダコの養殖の研究では、まず漁師から捕獲した産卵前の雌ダコを譲ってもらう。水槽に入れると、1回で10万~20万個を産む。稚ダコはふ化してから約25日間は水面を浮遊し、全長1センチ程度まで育つと、底に移っていく。だが、これまではこの期間に大半が死んでしまっていた。
稚ダコが死ぬ原因を追究
マダコの養殖がうまくいかないのは、この時期の餌に原因があり、稚ダコが栄養不足になっていると考えられていた。養殖の現場では、餌として「アルテミア」という動物性プランクトンがよく使われている。乾燥した卵の状態で販売されていて、水で戻してふ化させるだけで餌になる。
研究の主眼は、いかに栄養価の高い餌を与えられるかだった。団さんはまず、アルテミアの栄養価を上げようと考えた。培養方法を変えて、ふ化直後は約0・5ミリの体長を約2ミリにまで大きく成長させた上で、水槽の中で浮遊する稚ダコに与えてみた。
養殖するマダコの餌の候補だったアルテミア=団重樹・東京海洋大准教授提供
しかし水槽の中をじっと見ていると、アルテミアはタコに食べられる前に死んでいた。タコは口から消化液を出し、餌を溶かしてから口に入れる習性がある。水槽の中に消化液が充満し、タコに食べられる前に、表面が溶けたアルテミア同士が絡み合っていたのだ。体長を大きくしたことで、より絡みやすくなってしまったと考えられた。
そこで、餌を抜本的に変えることにした。海とつながった庁舎のため池で、毎朝、天然のプランクトンを採取してタコに与えてみた。その中には、タコの好物であるガザミ(ワタリガニ)の幼生も含まれている。
「ずっと栄養が問題だと言われていた。当然、これでうまくいくと思っていました。しかし全然ダメでした」
養殖マダコの餌になるガザミ(ワタリガニ)の幼生=団重樹・東京海洋大准教授提供
水槽の水面を浮遊しているタコは、餌をよく食べた。しかし、やはり着底の時期を迎える前に、死んでしまう。団さんは、飼育用の水槽を見つめながら思った。「今まで誰も考えていなかった死の要因があるはずだ」
水槽内は、エアレーション(空気を送る機械)によって水流ができている。水槽を見ていると、稚ダコは流れに逆らって泳いでいるが、やがて力尽きたように流されて水槽の底に沈んでしまっていた。
その様子をヒントに、団さんは栄養不足ではない別の原因に気付いた。そして、マダコ養殖の研究は、次のステージに向かうことになる。【柳楽未来】