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毎日新聞2024/6/26 東京朝刊有料記事1009文字
<sui-setsu>
おいしいものを食べると、思わず人に勧めたくなる。誰にでも、そんな「逸品」があるだろう。
私の一推しは、福島県会津若松市にある「平出油屋」が作る菜種油。時間をかけてじっくり搾る「玉締め圧搾法」の伝統を守る全国でも数少ない店だ。
平出の油を料理に使うと一切、しつこさがないことに驚かされる。全国に多くのファンがいるというのもうなずける。
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2022年12月、衝撃的なニュースが飛び込んできた。天保12(1841)年創業の老舗が突然、のれんを下ろしたという。
6代目の平出祐一さん(77)が機械の老朽化や自身の体力を理由に「そろそろ限界」と決断した。
「あの味は、もう楽しめないのか」とがっかりしていたら、地元で平出の油の復活プロジェクトが動き出したという話を耳にした。
中心となっているのは、会津若松市に隣接する同県喜多方市で「とうふ屋おはら」を経営する小原直樹さん(65)。東京で広告代理店に勤めていたが脱サラし、会津地方で00年に豆腐店を開いた。
平出の油を使った厚揚げや油揚げは開店当初からの看板商品。「常連客が増えたのも、この菜種油のお陰」とほれ込んできた。
平出さんから廃業の方針を告げられた小原さんは大きな決断をする。後継者がいなかった平出さんに弟子入りを志願したのだ。
休みなど時間があれば平出さんのもとに通い、直接、手ほどきをうけた。一から菜種油づくりを学ぶ日々が始まった。
とはいえ、一朝一夕に熟練の技は身につかない。菜種の煎り時間や搾り方一つで油の味ががらりと変わる厳しい職人の世界だ。
出来はまだまだ師匠にはかなわない。それでも小原さんは油づくりを引き継ごうと誓った。
平出油屋で使っていた機械を譲り受け、喜多方市内に新しい作業場を作る計画だ。師匠もできる限り協力すると約束してくれた。
問題は資金だ。作業場の整備や、機械の移設、修繕だけで1000万円はかかる計算だ。
小原さんは平出の油を愛する全国のファンの思いにかけた。22日からクラウドファンディング(CF)で協力を呼びかけている。
長年、受け継がれてきた技や味をいかに次代につなげるか。日本の伝統産業が抱える切実な課題だ。ファンが支え合う小原さんの活動が実れば、伝統を守る新たな活路が開けるかもしれない。
CF運営サイト「キャンプファイヤー」で7月末まで募る。豆腐屋が搾る菜種油だ。その味を早く確かめたい。(専門記者)