|
毎日新聞2024/6/30 東京朝刊有料記事1680文字
<くらしナビ ライフスタイル>
脱炭素社会とエネルギー確保の両立を目指して、「地上の太陽」と称される核融合(フュージョン)発電が注目を集める。米核融合産業協会の報告書によると、関連企業への投資は世界で累計62億ドルに上る。日本政府の後押しを受けて発足した「フュージョンエネルギー産業協議会」の小西哲之会長(67)に展望を聞いた。【聞き手・田中泰義、撮影・新宮巳美】
30年代には発電成功か
――核融合==が一躍、脚光を浴びています。
◆気候変動に伴う異常気象の頻発で化石燃料依存が難しくなる一方、太陽光は出力の安定性に欠けるなど、電源ごとに一長一短あります。こうした中、デジタル化の更なる進展でエネルギー消費量が急増し、核融合が注目され始めました。理論的には燃料1グラムから石油8トン分に相当する膨大なエネルギーが得られます。また、原理的には「1億度以上」などの条件を満たさなければ反応が自動的に止まるため、原発のような暴走リスクがありません。エネルギーの安定確保は人類の生存に不可欠で、実用化に成功した国や企業が世界の主導権を握ります。日米など政府間で開発協力協定が結ばれ、各国で将来性を見込んでスタートアップ企業が参入しています。
Advertisement
――協議会はどのような役割を果たしますか。
◆メーカーやスタートアップに加え、商社や銀行など多業種の約50社が参加しました。私は、日米欧などが建設を進める国際熱核融合実験炉(ITER)の重要部品などの技術開発に40年以上取り組んできました。実用化の鍵は営業や市場調査といった分野を横断した連携と痛感しています。日本政府は国家戦略の一つとして実現を目指しています。協議会は産学官連携のハブとなり、調査や政策提言などを行います。
日本の科学技術力は海外から高く評価され、新型コロナワクチンや太陽光パネル、半導体の分野で非常に優れた研究者を擁しています。ところが市場では後塵(こうじん)を拝し、シーズ(種)を生かせていません。その二の舞いを避けたいと強く感じます。協議会メンバーにはライバル関係にある企業が含まれますが、実用化という目的に向かって進んでいます。日本全体が敗者になっては元も子もありません。
――ITER計画さえ計画が遅れており、実現に懐疑的な声も聞こえます。
◆確かに核融合運転開始は当初計画より数年遅れの2035年に変更されました。技術上の課題より、各国協力で進めているために規格の統一などに手間取っているのが大きな原因です。研究は1960年代に本格化し、米国の国立研究機関は22年、核融合反応で投入分を上回るエネルギーを得たと発表しました。体育館1個分の場所で、原発1基に相当する100万キロワットを得ることは可能です。30年代には「発電に成功」と発表する企業も現れるでしょう。ただし安定供給し、発電コストも他電源に比べて見劣りしない水準になるまでには、さらに10年単位の歳月がかかると思います。
――基幹エネルギーとしての期待は時期尚早ですね。
◆一つに依存しすぎるのは安全保障の観点から好ましくありません。フュージョン技術は、発電を目的とする開発以外でも、すでに開発過程で貴重な知見が得られ、医療や環境など他分野に応用されています。多額の税金や投資を必要とする大型プロジェクトです。進捗(しんちょく)状況の情報公開と丁寧な説明を心がけていく決意です。
◇
「そこが聞きたい」は7月から、紙面を拡充し内容も一層充実させてお届けします。
■ことば
核融合
太陽で起きている現象。地上では重水素と三重水素(トリチウム)を融合させエネルギーを得る。この反応で生じる中性子を浴びた物は低レベル放射性廃棄物となるが、高レベルの核のごみは発生しない。ウランの核分裂エネルギーを使う原発とは仕組みが異なる。
■人物略歴
小西哲之(こにし・さとし)氏
1956年生まれ。東京大卒。京都大エネルギー理工学研究所教授などを経て、核融合の研究開発に取り組む2019年創業の「京都フュージョニアリング」最高経営責任者。