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毎日新聞2024/7/2 東京朝刊845文字
菊池恵楓園の歴史資料館の新館=熊本県合志市で2022年4月22日、栗栖由喜撮影
国の隔離政策で人権を侵害されたハンセン病患者を巡り、新たな被害の実態が明らかになった。
熊本県の国立ハンセン病療養所「菊池恵楓(けいふう)園」で、太平洋戦争中から戦後にかけ、開発途上の薬を多くの入所者に投与する試験が実施されていた。
「虹波」の臨床試験に関する調査について記者会見する菊池恵楓園歴史資料館の原田寿真学芸員=熊本県合志市の国立ハンセン病療養所菊池恵楓園で2024年6月24日、野呂賢治撮影
強い副作用や死亡例が確認されたにもかかわらず、続けられた。保管されていた資料などを園が調査・分析し、報告書を公表した。
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問題の薬は、写真の感光剤を成分とする「虹波(こうは)」だ。結核患者に効果があったとされ、病原体が似た性質を持つハンセン病でも活用できると考えられた。当時の園長が積極的に試験に関わった。
開始当初には、入所者の3分の1が参加した。投与されたのは、6歳の子を含め、少なくとも計472人に上った。
内服や塗布、注射など、さまざまな投与方法が試され、量や間隔もばらばらだった。
対象者からは、激しい頭痛や吐き気、全身の痛みなどの訴えが続いた。9人が死亡し、うち2人は投与との因果関係が疑われた。
それでも試験は中止されなかった。残された資料には、副作用を軽視するような医師の所見が記されていた。
看過できないのは、入所者が試験を拒めない状況にあったことだ。隔離政策によって外部との関わりを断たれ、園長らの方針に従わざるを得なかった。
「効果が出た気がすると、うそを言った」と証言した人もいる。
患者の権利を尊重する医療倫理に反している。試験への参加は強制に近く、「人体実験」だったと言わざるを得ない。
時代背景もある。戦争遂行のために国民の健康増進や体力向上が求められる中、試験は陸軍の研究の一環として実施された。
園は資料の分析を続けるというが、医学や薬学の専門家を交えた検討が欠かせない。
他の療養所でも同種の試験が行われたとの記録もあり、国が主導して調査すべきだ。
隔離政策は根拠法が廃止される1996年まで続いた。偏見や差別は今も社会に根深く残る。
ハンセン病に関する過ちの歴史を直視し、教訓とするために検証を継続しなければならない。