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毎日新聞2024/7/4 東京朝刊有料記事2386文字
<スコープ>
米大統領選の動きが急だ。
民主党のバイデン大統領は強まる高齢不安を拭えず、党内からの批判にさらされている。
共和党のトランプ前大統領は、起訴された在任中の事件で連邦最高裁から免責特権を広く認められ、勢い付いている。
これで勝負ありとは簡単にはいくまいが、追い風はトランプ氏に吹き、復権に光明が差す。
「トランプ2・0」が起動すれば、世界はどうなるのか。折に触れて記してきたが、今回は、日本が直面するであろうアジア外交を探ってみたい。
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今春以降、アジアの国々の外交が活発化している。
5月に韓国で日中韓首脳会談、台湾で頼清徳総統就任式が行われた。今月は米国での北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に合わせ日米韓首脳が会談する予定だ。
ロシアのプーチン大統領は5月に中国で習近平国家主席、6月には北朝鮮で金正恩朝鮮労働党総書記と相次いで会談した。習氏も5月に欧州を訪問した。
米中対立やウクライナ戦争を背景に自らの利益を求めて奔走する様子は、アジアがホットスポットである現状を映し出す。
米国のアジア外交を主導するバイデン氏は就任以降、同盟ネットワークを従来の2国間から多国間に拡大し、制度化してきた。米英豪(AUKUS)など事例は枚挙にいとまがない。いずれも中国をにらんだ動きである。
同時に「トランプ2・0」に備えた予防線の意味合いも持つのは公然の秘密だ。日本の外交官は「不可逆的な枠組み」と呼ぶ。
1期目のトランプ政権が同盟を「資産」ではなく「負債」ととらえ、とくに貿易問題では中国も日本も関係なく争いを仕掛けた。
今、米国が日本に発しているのは、「2期目は1期目どころではない深刻な混乱をアジアにもたらす」という不気味な警告だ。
トランプ陣営と深い関係にあるシンクタンクの提言を見れば、その危惧は当然かもしれない。
保守系ヘリテージ財団などが創設した「プロジェクト2025」は「中国に対する防衛力強化を最優先」にするよう求めている。
「中国の台湾侵攻を打ち砕く」と明記し、「台湾や日豪」などと協力した「集団的自衛モデル」を構築すると提起した。
この文章を執筆したのは前政権末期に国防長官代行を務めたクリストファー・ミラー氏で、トランプ氏に近い存在だ。
トランプ氏が掲げる「力による平和」を支持する「アメリカファースト政策研究所(AFPI)」も、中国に対して強硬だ。
5月に発表した提言集では「最大の脅威はウクライナ戦争ではなく中国」と位置付け、「台湾の独立性の保護」を訴える。
対中強硬派で知られるスティーブ・イエーツ氏が担当した。AFPIは「トランプ・ホワイトハウスの人材庫」と呼ばれる。
側近の元高官からも「台湾独立を宣言すべきだ」(ポンペオ前国務長官)、「中国を弱体化させる」(オブライエン元大統領補佐官)など強硬意見が相次ぐ。
共通するのは、バイデン政権の「力の均衡」戦略では不十分であり、「力の優位」によって中国を圧倒するという姿勢だ。
だが、対中防衛に資源を集中するには世界的な駐留米軍再編が必要になる。同盟国への影響は計り知れない。
プロジェクト2025の提案では、ロシアの脅威には欧州の同盟国が対処し、米国は核抑止の提供にとどめるという。
北朝鮮の脅威への対処は韓国が主体的に担うべきだとし、在韓米軍の削減も示唆している。いわば安保の「自己責任論」だ。
日本も火の粉をかぶる。多国間の「集団的自衛モデル」は、アジア版「NATO」構想に近い。トランプ前政権でも浮上した案だ。日本には当然、ハードルが高い。
同盟国と調整もなく推し進めれば結束は崩れる。バイデン氏が築いてきた同盟ネットワークも揺らぐだろう。中露を利するだけだ。
もっと怖いのは、持ち前の「取引外交」に走ることだ。
中国との武力衝突を回避するために、台湾を犠牲にし、その結果、同盟国の信用は失墜し、対立国は好き放題するようになる――。こんな悪夢のシナリオを懸念する声は共和党内にもある。
「『殺しのライセンス』を敵に渡すようなもの」。日米外交関係者はスパイ小説を引き合いにして嘆く。「トランプリスク」は尽きることがない。
■ナビゲーター
揺るぎない大戦略構想を
建国期以来、米国にとってアジアは欧州に次ぐ二次的な存在であり、そのアジア政策は一貫性を欠いてきた――。米政界の2人の知日派に共通する危機意識だ。
共和党のブッシュ(子)政権で国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏は近著「アメリカのアジア戦略史」(細谷雄一・森聡監訳、勁草書房)で、戦後のアジア政策の揺れを記している。
冷戦期は、2国間同盟ネットワークと米軍の前方展開を通じて「共産主義の膨張を阻止」し、中国との和解によって「好ましい勢力均衡」を確立してソ連を抑止したと指摘。冷戦後は中国に「関与と均衡」によって対処するが、アジア重視政策は中国か日本の選択のような誤解を周辺国に与えたと記す。
また、民主党のオバマ政権で国務次官補(東アジア・太平洋担当)を務めたカート・キャンベル氏(現国務副長官)は著書「THE PIVOT アメリカのアジア・シフト」(村井浩紀訳、日本経済新聞出版社)で、自身も関わった「リバランス政策」策定の意義を強調した。
冷戦後、「漂流する米国のアジア政策」に危機感を持ち、台頭する中国に対応するための「包括的な戦略」だったと説明。同盟関係を強化・統合し、軍事力を多様化し、民主主義の価値を広め、欧州の同盟国を巻き込む――などの指針を定めた。しかし、深まる中東の混乱に目を奪われ、「障害」にぶち当たったという。
両氏が主張するのは、歴史を踏まえて未来を描く、揺るぎない大戦略の立案だ。それは、バイデン氏であれトランプ氏であれ、変わらない。