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毎日新聞2024/7/6 東京朝刊有料記事1010文字
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もし安倍晋三氏が存命だったら、岸田文雄首相に代わる最有力の首相候補だったのではないか。本人も取り巻きも3度目の政権に未練たっぷりだった。
歴史にif(もし)は禁物というが、そんなことはない。
確かに「ポスト岸田」政局のぐずぐずぶりに、「安倍さんがいたらなあ」と酒場で愚痴るのは無意味な「英雄」待望論である。
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一方、「元気だったら自民党の大勢は安倍再々登板に流れ、世論も歓迎し、総裁選は岸田氏出馬辞退、安倍氏圧勝になったかも」と想像してみることは、私たちがどれほど成りゆき任せの不確かなものにとらわれているかを認識するのに有効な場合もある。
日々のニュースは、今も安倍政治への反省を投げかけている。
東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を延長した閣議決定(2020年1月)について、「安倍官邸の守護神」と呼ばれた黒川氏の検事総長昇格に向けた強引な法解釈変更が疑われ、大阪地裁は疑いを肯定する判決を下した。
安倍氏は回顧録で「私は思い入れはなかった」が、当時の菅義偉官房長官と杉田和博官房副長官が強気で、反対できなかったと釈明。賭けマージャンで黒川氏が辞任しなかったら「検事総長になっていたでしょう」と語っている。
そんな検察が、安倍氏が健在だったら政治資金パーティー裏金事件をどこまで捜査したか。きっと安倍派は今もあったはずだ。
安倍時代の個別政策は「菅銘柄」が多い。ふるさと納税、外国人労働者・観光客受け入れ拡大、大阪・関西万博。今や見直しに大わらわだ。欠陥は初めから分かっていたのに剛腕で押し切り、安倍氏が良きに計らえで任せた。
大きな政策の重荷も引きずる。歴史的円安の原因は複合的にせよ、日銀を「政府の子会社」と従え、「金利のない世界」をあまりに長引かせたアベクロノミクスの足かせが重いのは間違いない。
17年の衆院「国難突破」解散は、北朝鮮ミサイル対応と並んで少子高齢化対策への信任を問うた。与党が勝ったが、国難は改善どころか悪化している。
岸田政権は「アベスガ政治」の後始末に追われている面がある。大胆な転換に及び腰なので同情しないが、及び腰なのは、なお安倍時代を懐かしむ世論の顔色をうかがっているからでもある。
8日で安倍氏銃撃から2年。漏れ聞く情報では、山上徹也被告は安倍政治を評価し、起きた結果と反響に困惑しているらしい。無責任で矛盾しているが、凡庸な素直さに驚きはない。(専門編集委員)