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毎日新聞2024/7/7 東京朝刊有料記事1697文字
=宮間俊樹撮影
もうすぐ夏休みだが、その過ごし方が悩みの種になっている子育て家庭の存在が浮き彫りになっている。
子どもの貧困対策に取り組むNPO法人「キッズドア」が、今年5月から6月にかけて困窮する子育て家庭約1800世帯へ行ったアンケート調査によると、夏休みは「なくてよい」という回答が13%、「今より短い方がよい」が47%だった。つまり、6割が夏休みの短縮や廃止を希望していたことが明らかになった。
複数回答の理由で最も多かったのは「子どもが家にいることで生活費がかかる」。さらに、昼食の準備の手間や時間がかかることも理由としてあがっている。夏休みは「子ども食堂」の運営が活発となるが、必要な子ども全てに支援が届いているわけではない。
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夏休み廃止・短縮希望の理由はそれだけではない。「子どもに夏休みの特別な体験をさせる経済的な余裕がない」といった理由も上位にあがった。この「体験格差」がいま大きな問題となっている。
子どもの貧困や教育格差に取り組む公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」は2022年、小学生のいる保護者2097人に対して体験格差のアンケート調査を行っている。それによると、年収300万円未満の家庭では3割近くが、直近1年間でスポーツや文化の習い事、自然体験や旅行などを子どもに全くさせていないと回答。その割合は年収600万円以上の家庭の2・6倍以上に及ぶことがわかった。
このような体験格差が特に広がるのは夏休みであろう。同調査によると、長期休暇など休日の登山、海水浴、スキーなどの自然体験は、都市部や地方といった居住地の違いよりも、世帯年収の格差が大きかったという。さらに旅行や地域の祭りや行事への参加についても経済的状況による格差が見られた。
格差是正のための動きは始まっている。NPO法人などが体験の機会を支援したり、企業や大学、学習塾が連携して「子どもの体験格差解消プロジェクト」を始めたりと、さまざまな取り組みがなされている。
体験格差という問題が複雑なのは、その理由が経済的な問題だけではないことだ。収入はあっても、子ども自身の時間が捻出できないケースもある。都市部では中学受験が過熱し、入塾のスタートは親世代と比べて低年齢化している。また、小学校高学年になれば夏休みは連日のように夏期講習があり、ほとんどの時間を勉学に充てているケースさえある。
その背景に、私たちの社会は体験よりも学習を重要視しがちだという価値観の問題もあるのではないか。前述のチャンス・フォー・チルドレン代表、今井悠介著「体験格差」(講談社現代新書)によれば、これまで被災家庭や低所得者家庭に学校外の学びで使えるクーポンを総額13億円ほど提供してきたが、学習塾でも使えるものだったために、9割以上が学習塾や、個別指導塾、家庭教師など受験対策のために利用したという。体験を目的とした利用は1割に満たなかった。
日本においては学習に比べて、体験の優先順位が軽く扱われているのではないか。体験は、なくてはならない必需品というよりも、なくても仕方ないぜいたく品と捉えられているのかもしれない。しかし、体験は楽しいだけではなく、子どもの非認知能力にも関係すると言われていて、人生を豊かに過ごすための武器になりうる。体験の重要性を理解し、社会で支える仕組みが必要であろう。
そこで気をつけなければいけないのは、体験は誰のために、何のためにするのか、という本質を考えることである。体験が重要と聞くと、親が先回りして多様な体験を用意する教育熱心な家庭もある。だが、「体験」の主体は子どもだ。お仕着せの体験では、その効果はどれほどだろうか。自らの関心から興味のある体験を選択していく力をつけることこそ、その意義を深めるのではないか。
そして、体験をしたくても、経済的なことを気にしたり、勉強の邪魔になると反対されることを恐れたりして、口に出せない子どももいる。夏休みに向けて、まずはどんな体験があって、何をしてみたいのかを親子で話し合うことから始めてもいいのかもしれない。=毎週日曜日に掲載