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毎日新聞2024/2/22 19:59(最終更新 2/22 20:00)有料記事2030文字
環境省による報道機関向けの中間貯蔵施設の見学会。土壌貯蔵施設や東京電力福島第1原発が見える展望台からも見学した=福島県大熊町で2024年2月7日午後1時25分、尾崎修二撮影
東京電力福島第1原発事故による帰還困難区域にある中間貯蔵施設建設用地の見学会について、主催する環境省が2023年から15歳未満や妊娠中の人への参加自粛の呼びかけをやめた。同省は理由や経緯を公表していないが、取材に「被ばく量は小さく行動も管理できる」などと説明する。一方、立ち入りが制限される帰還困難区域の自宅や墓地に行く住民について、内閣府は同様の自粛要請を現在も続けている。こうした国の姿勢に対し、住民からは戸惑いの声も聞かれる。
見学会では、福島県内の放射性物質を取り除く除染で発生した汚染土壌を保管する中間貯蔵施設建設用地を訪れる。建設用地は第1原発周辺の福島県大熊、双葉両町にまたがる約16平方キロで、約1200万立方メートルの汚染土壌が搬入されている。環境省はこの事業への理解促進のため、19年に見学会を始めた。用地内をバスで巡り、土壌貯蔵施設や第1原発を望む展望台など数カ所では途中下車もして歩いて見学する。見学会の所要時間は1~2時間ほどで、これまでに1万人以上が参加したという。
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見学会の案内文にある「見学時のお願い」には当初「15歳未満の方や妊娠している方の見学はお控えください」と記されていた。見学会の申込書の同意事項にも「帰還困難区域が危険であることを十分認識すること」との記載があった。
しかし、22年末にこうした文言を削除し、口頭による呼びかけもやめた。環境省によると、途中下車する4カ所の直近の空間放射線量は毎時0・1~5・8マイクロシーベルトだという。除染によって低減させる被ばく線量の長期目標について政府は年間1ミリシーベルトとしており、毎時0・23マイクロシーベルトに相当する。
環境省による中間貯蔵施設建設用地の見学会の案内文。当初は15歳未満や妊娠中の人の参加自粛を要請していた(赤線で囲んでいます)=<上>=が、2023年から削除されている=<下>(環境省のホームページから)
環境省福島地方環境事務所の服部弘・中間貯蔵総括課長は取材に「バスに乗っている時間が長く、どこで降りても見学会全体での被ばく線量は1マイクロシーベルト未満だ。見学者の動きも制限されており、全面的に自粛を呼びかける記載の必要はないと判断した」と説明する。
自粛要請をやめてから15歳未満を含む中学生約90人が見学会に参加した。福島県の企画旅行「ホープツーリズム」からの参加もあった。同省は「小学生や未就学児でも保護者が承諾すれば制限しない」とする。
環境省は文言を削除した理由や経緯について案内文やホームページ(HP)などで説明していない。服部課長は「マニュアルはないが、見学者に被ばく量の低さなどを説明しており、苦情が寄せられたこともない。県と大熊、双葉両町、内閣府にも事前に相談した。HPなどで説明する必要はないと思う」と答えた。
原発事故後、政府は原発20キロ圏を警戒区域に設定した上で、住民から求めがあった場合は立ち入りを許可した。だが、15歳未満や妊娠中の人については禁止した。12年以降に避難指示区域を再編してからは法的強制力がなくなったものの、内閣府と地元自治体は15歳未満や妊娠中の人に引き続き自粛を要請。幼少期に避難した子どもが15歳になってから、事故後初めて故郷に足を踏み入れるケースがほとんどだ。
福島県大熊町、双葉町の帰還困難区域と中間貯蔵施設
7市町村に残る帰還困難区域(約310平方キロ)への立ち入りは、中間貯蔵施設建設用地を含め、宅地や墓地などがあれば可能だ。自粛要請を続けていることについて、内閣府の担当者は取材に「地元自治体から変更の提案などもない。環境省は決まったルートで管理しているので問題ないと判断した」とする。
中間貯蔵施設建設用地には原発事故前、約2700人が暮らしていた。汚染土壌は45年までに県外に運び出すことになっており、環境省は建設用地に入る住民の土地を買い取ったり借り上げたりしている。
建設用地に土地を持つ70代の男性は「15歳未満の人にも現地を見てもらい、復興のために先祖代々の土地を手放した住民の思いを受け止めてほしい。ただ、避難した子どもが15歳になるまで故郷に入ることができないという現実についても知ってほしい」と話した。
帰還困難区域の前に設置されているバリケード=福島県大熊町で2024年1月7日午後4時43分、尾崎修二撮影
震災時13歳で自宅が帰還困難区域に入った女性は「見学の意義はわかるが、もし自分が立ち入りできなかった15歳未満の時に、自粛要請なしに見学が許されていたら嫌だったと思う」と困惑気味に言う。
建設用地の一部の地権者でつくる「30年中間貯蔵施設地権者会」代表の門馬好春さん(66)は「なぜ堂々と周知しないのだろうか。二重基準にも思える」と環境省の姿勢に疑問を抱く。23年秋に環境省から地権者への説明会があった際、見学者を増やしたいとの話はあったものの中学生らの見学を受け入れるようになったということについての説明はなかったという。
大熊町内の除染を検証する町の委員会で委員を務める東京大の小豆川勝見助教(環境分析化学)は「住民の立ち入りのルールと事実上ダブルスタンダード(二重基準)なのに対外的な説明が不十分だ。放射線は厳しく防護するのが原則で、根拠を明示せずに許容範囲を広げるべきではない」と指摘する。【尾崎修二】