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毎日新聞2024/7/11 東京朝刊有料記事2843文字
KADOKAWAグループへのサイバー攻撃が波紋を広げている。ハッカー集団が犯行声明を出し、同グループの動画配信サービスや書籍の出荷がダメージを受けたほか、子会社の従業員らの個人情報流出も発覚した。なぜ、同グループが狙われたのか。そして、捜査の行方はどうなるか。
全サーバー停止 各事業に影響
KADOKAWAグループに激震が走ったのは6月8日未明のことだった。子会社の「ドワンゴ」が運営する動画配信サイト「ニコニコ動画」やKADOKAWAの公式サイトが利用できない状況に陥った。社内で調査をした結果、グループのデータセンター内のサーバーが大規模な攻撃を受けたことが判明。攻撃には、身代金要求型のコンピューターウイルス「ランサムウエア」が含まれていた。
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KADOKAWAグループは、出版大手「KADOKAWA」を中心に、書籍や映像、ウェブサービスなど多角的な事業を展開している。被害拡大を防ぐため、同グループはサーバーをシャットダウンし、システム間のネットワークを切断した。
ドワンゴはニコニコ動画やニコニコ生放送といったウェブサービスを一時停止。その後、段階的にサービスを再開しているが、全体の復旧時期は未定だ。同社の鈴木圭一・ニコニコサービス本部CTO(最高技術責任者)は14日、YouTubeで「バックアップを用意し、セキュリティー対策も実施していたが、データセンター内のサーバーが全て使えなくなるという想定を超えた事態となってしまったがために、復旧に時間がかかっている」と説明した。
データセンター内の全サーバーをシャットダウンしたことで、グループ内の他事業にも影響が生じた。出版事業では、紙書籍の受注システムが停止し、既刊本の出荷部数が平常時の3分の1程度に減少。電子書籍は一時、配信が一部遅れる事態となった。
こうした中で、ロシア系ハッカー集団「ブラックスーツ」が犯行声明を出したことが27日、明らかに。その中で、KADOKAWAが金銭を支払わなければ個人情報などを公表すると予告していた。
翌28日、KADOKAWAは取引先との契約書やドワンゴ全従業員の個人情報が外部に流出したと発表した。さらに同社は7月3日、ドワンゴが教育システムとコンテンツを提供する学校法人角川ドワンゴ学園N中等部・N高等学校・S高等学校の生徒らの個人情報が「漏えいした可能性が高い」と発表。サイバー攻撃は個人情報の漏えいという事態に発展した。その後、漏えいしたとされる個人情報がネット上の掲示板やSNS(ネット交流サービス)で拡散され、被害は広がっている。
犯行声明の中で「ブラックスーツ」は同グループの子会社のネットワークが互いに結びつきながらも、そのネットワークの設計が適切に構築されていないことを発見したと表明。その上で、コントロールセンターにアクセスし、KADOKAWAやドワンゴ、その他の子会社のネットワークを暗号化したとして、さまざまな業態の子会社や関連会社を運営する同グループのネットワークの隙(すき)を狙ったことを示唆した。
同グループの元幹部社員は、今回の事件の背景に同グループの「多角経営」があると指摘する。「出版、映画、ネット事業に加え、ゲームなどのエンタメ事業や教育事業もカバーする複合的な業態となっていた。そこを狙えば、甚大な被害を与えられると考えたのではないか」と話す。さらに出版や映画を手がけた旧来の「角川」とネット企業であるドワンゴは社内文化的に「水と油のような関係だ」とした上で「無理な経営統合が被害を大きくした可能性もある。社内は予期せぬ攻撃を受けて頭を抱えていると思う」と古巣をおもんばかった。
2022年、東京五輪を巡る贈収賄事件で逮捕、起訴されたKADOKAWA前会長の角川歴彦(つぐひこ)被告は、経営から身を引いた。元幹部社員は「前会長が逮捕されて社内では皆落ち込んだ。ただ、逆にカリスマがいなくなったことで自由にできると、ようやく前向きに変わってきたところで、今回の対応に追われなければならなくなったのは厳しい」と述べた。【松原由佳、棚部秀行】
ロシア系ハッカー「ブラックスーツ」 今年に入り動き活発化
犯行声明を出したロシア系ハッカー集団「ブラックスーツ」は、どんなグループなのか。
情報セキュリティー大手「トレンドマイクロ」の専門家の岡本勝之さんによると、ブラックスーツは、2020年ごろに台頭した世界最大規模のハッカー集団「Conti(コンティ)」から分派した「Royal(ロイヤル)」の流れをくむ。
ブラックスーツは23年4月ごろから、ランサムウエアを使って各国の企業にサイバー攻撃を繰り返し、今年に入り、より活発化したという。
6月には、米国の自動車販売店向けソフトウエア大手企業がブラックスーツとみられる集団のサイバー攻撃を受け、全米の自動車販売店に影響が及んだ。トレンドマイクロが確認した範囲では、ブラックスーツによる日本企業への攻撃が表面化したのはKADOKAWAが初めてという。
ランサムウエアを使う犯罪グループは、データを暗号化し、暗号化の解除や盗み取った情報を流出させない条件として、身代金の支払いを要求する。警察庁によると、23年に全国の警察にあったランサムウエアに感染したという被害相談は197件に上る。
岡本さんは「企業は常時ネットワークを監視するなどして、外部からの侵入をいち早く察知するだけでなく、迅速な復旧のために、日ごろからデータをバックアップしておくことが重要」と指摘。「身代金の支払いは犯罪グループに利益をもたらし、次の犯行につながる可能性が高い」と警鐘を鳴らす。
サイバー攻撃に対して、警察当局は捜査態勢を強化している。
21年4月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など約200の機関や企業などが標的とされたサイバー攻撃について、警察庁は中国のハッカー集団「ティック」が実行し、背後に中国人民解放軍が関係している可能性が高いと指摘した。
また23年9月には、中国政府の関与が指摘されているハッカー集団「ブラックテック」により、日本企業・団体へのサイバー攻撃があったとして、米国と同時に公表した。今年2月には、ランサムウエアを使い、ロシアなどを拠点とするハッカー集団「ロックビット」の主要メンバーとみられる2人を欧州刑事警察機構(ユーロポール)主導の国際共同捜査で逮捕したと発表。捜査には日米英仏独など10カ国が参加していた。
捜査関係者によると、KADOKAWAは今回、システム障害があった翌日の6月9日に警視庁に相談した。KADOKAWAは7月中に、外部の専門機関による調査結果がまとまるとしている。
捜査幹部は「調査結果を踏まえて、犯罪の実態解明を進めることになる」とする。インターネット上に残された痕跡を解析するなどして、侵入経路や攻撃者の特定に向けた捜査を進めるとみられる。【加藤昌平、山崎征克】