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体についた「脂肪」というと悪者のイメージがありますが、もとを正せば私たちの味方です。食事から取る脂質は3大栄養素の一つであり、不足するといろんな問題が生じます。脂肪も臓器や筋肉など間違ったところについたものは落とすべきですが、減らしすぎると体の機能を保つのに必要なホルモンなどが作れなくなり、取り返しのつかないことになりかねません。
私は今年1月、「糖と脂で体は壊れる」という本を出版しました。糖と脂質の取り過ぎは良くない、とくに脂質は総カロリーの30%以内に減らしましょう、というメッセージを込めました。問題なのは、脂質を減らす必要のない人が、やみくもに食事でカットしてしまうことです。脂肪は効率よく安全に「燃やす」、すなわち、エネルギーとして活用することを考えてください。
※文末に読者プレゼント(筆者の新刊「糖と脂で体は壊れる」)の紹介もあります。
体内での脂質の活用は?
脂質は体内でどう活用され、体にたまるのでしょうか。
口から取り入れた脂質は、まず十二指腸で胆汁によって乳化されて消化、吸収されやすくなります。さらに、膵臓(すいぞう)から分泌されるリパーゼという酵素によって、脂肪酸とグリセロールに分解。グリセロールは糖新生によってグルコース(ブドウ糖)を合成し、脂肪酸とともに小腸から吸収されます。
この脂肪酸が細胞内に入ると、代謝を受けてアセチルコエンザイム(CoA)に変換されます。この反応過程を「脂肪のβ酸化」と呼びます。
アセチルCoAはクエン酸(TCA)回路に入るとアデノシン三リン酸(ATP)というエネルギーが産生されます。ATPは筋肉を動かしたり、細胞内の化学反応を進めたり、たんぱく質を合成したりするなど、体内のエネルギーを必要とする現象に用いられる大切な分子です。さらに電子伝達系に進むと、効率よくATPが産生されます。
ちなみに、体内に多く存在する飽和脂肪酸のパルミチン酸1分子からは約129個、グルコース1分子からは約32個のATPが産生されます。
脂肪酸のβ酸化によって生まれたアセチルCoAはTCA回路に送られ、そこで還元型フラビンアデニンジヌクレオチド(FADH2)と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)が生成され、電子伝達系にそれぞれ送られます。
強い糖化ストレスは脂肪をためる
β酸化の第3段階ではニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)+が必要です。糖化ストレスが強い状態でアルデヒドが過剰に生成されると、アルデヒド代謝酵素でNAD+が大量に消費されてNAD+不足に陥るため、β酸化がうまく進まなくなってしまいます。
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では、β酸化がうまくいかなくなるとどうなるでしょうか。
摂取した脂肪が燃焼せずにたまる一方になります。特に肝臓など内臓への蓄積が顕著です。たまった脂肪は酸化や糖化(他のアルデヒドによる攻撃)を受けて脂肪酸由来のアルデヒドを生成します。そのため、ますます糖化ストレスが強まる(すなわち、アルデヒド生成量が増える)という悪循環(負の連鎖)が生じてしまうのです。
単に脂肪が蓄積しただけの単純性脂肪肝が、炎症と線維化が加わった脂肪性肝炎(steatohepatitis)に進展する過程には、この負の連鎖が関与しているとにらんでいます。
カロリーを減らすだけではダメ
β酸化の機能を回復させ、内臓脂肪を減らすためにはどうすればいいのでしょうか。絶対に必要なことは運動です。2番目はトリプトファンやニコチン酸、ニコチンアミド、ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)などNAD+の材料を補うこと、3番目は飲酒や喫煙によってアルデヒド負荷をこれ以上かけないことです。
運動をせずに、単に摂取カロリーを減らすだけ、薬やサプリメントの助けに頼る方法はことごとく失敗します。減量できたとしても、皮下脂肪が減って、筋肉量が減るだけで、内臓脂肪はそのまま残ってしまうのです。内臓脂肪と皮下脂肪の比率が大きく変わります。
動物性脂肪依存症の方は、米ぬか油(主成分はγオリザノール)などの玄米栄養成分を利用するのは良いと思います。動物性脂肪に対する依存症からの脱却を助け、運動嫌いも解消する働きがあります。
内臓脂肪と皮下脂肪のバランスが大事
内臓脂肪と皮下脂肪の比率がひとたび変わると、元に戻すのは困難です。元に戻らないと考えた方が良いでしょう。
実例をあげます。
先日、美容系エステサロンに勤務する35歳女性、2児の母親から相談を受けました。このような仕事をしていると体形が気になると言います。体格指数(BMI*)は22以下で、十分にスレンダーなのですが、おなかのまわりに脂肪がついてきたのが気になったそうです。内臓脂肪の蓄積です。
*BMI=体重(kg)÷身長(m)の2乗
そこで頼ったのがGLP-1製剤です。この薬は糖尿病治療薬です。作用機序は、膵臓のβ細胞からのインスリン分泌を助け、食欲が減る作用があるため、減量効果があります。日本では糖尿病治療薬としてのみ公的医療保険の適応があり、肥満症治療薬としての保険適応はありませんが、医師の診断に基づき処方する場合があります。
その結果、体重は減りましたが、おなかの内臓脂肪はほとんど落ちず、皮下脂肪がげっそりと落ちたそうです。普通の人より極端に寒がりになり、お尻のクッションがなくなり、椅子に10分座るのも苦痛になったそうです。せっかく豊胸した乳房はすっかり縮み、生活の質(QOL)が低下しました。
原因は、インスリンによる脂肪酸の内臓脂肪への貯留作用と、低カロリーによる皮下脂肪の喪失です。
この状態に陥ると、元に戻すのは不可能です。その他、副作用として、吐き気、頭痛、めまい、消化器の不調(便秘、下痢)などが加わるかもしれません。糖尿病や高度肥満以外の方々のダイエット目的の使用は絶対にやめてください。
この問題は処方する医師に責任があります。特にオンライン診療が問題です。医師はBMIが25未満者へのGLP-1製剤処方は背徳行為であるという自覚を持つべきです。
参考までに、GLP-1製剤として下記の医薬品があります。
セマグルチド(商品名:オゼンピック)
リラグルチド(商品名:ビクトーザ)
チルゼパチド(商品名:マンジャロ)
GLP-1製剤は、摂食によって上昇した血糖値に応じて、膵臓からのインスリン分泌を促進し、血糖値を上げる作用のあるグルカゴンの分泌を抑制することで、食後血糖の上昇を抑える働きをします。
また、腸への食べ物の排出を抑制する作用や、脳に働きかけて食欲を減退する作用もあります。
たんぱく質、脂質、炭水化物の理想の割合は?
ここから先の食育アドバイスは運動することが前提です。そのうえで、たんぱく質(P)、脂質(F)、炭水化物(C)の摂取割合を2:2:6にすることを目指しましょう。すなわち、たんぱく質15~20%、脂質25~30%、炭水化物55~60%とし、炭水化物は内容が重要ですから食物繊維(200~220g)、全粒穀物(140~160g)の摂取を心がけましょう。
おいしいものは糖と脂でできています。なんと言い得て妙な言葉でしょう。過剰の糖と脂は体を壊しにかかってきます。心して闘っていきましょう。
写真はゲッティ
米井嘉一さんの著書「糖と脂で体は壊れる」をプレゼント
米井嘉一さんの新刊「糖と脂で体は壊れる」(池田書店)を10人の読者にプレゼントします。ご希望の方は、お名前、ご住所、医療プレミアへのご意見・ご感想を明記の上、メールの件名に「糖と脂で体は壊れる」と書いて、医療プレミア編集部(med-premier@mainichi.co.jp)宛てにお送りください。締め切りは2月末。当選者には3月中に発送します。
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米井嘉一
同志社大学教授
よねい・よしかず 1958年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。89年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。08年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、日本人間ドック学会評議員。医師として患者さんに「歳ですから仕方がないですね」という言葉を口にしたくない、という思いから、老化のメカニズムとその診断・治療法の研究を始める。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。