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毎日新聞2024/7/17 東京朝刊有料記事4476文字
原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)最終処分場選定を巡り、佐賀県玄海町が5月、第1段階の文献調査受け入れを決め、6月に調査が始まった。受け入れは北海道の寿都(すっつ)町、神恵内(かもえない)村に次いで全国3例目、原発立地自治体では初だ。玄海町は議論の活性化を求めるが、広がりを欠く現状の起爆剤になるかは見通せない。
「文献調査」苦渋の受け入れ 脇山伸太郎・佐賀県玄海町長
九州電力玄海原発の1号機が稼働したのは1975年。私が大学1年の時だった。子どもの頃に読んだ漫画「鉄腕アトム」では、原子力は夢のエネルギーで発電すると描かれており「原子力発電所ってすごいな」と思っていた。原発は私が若い頃から玄海町にいつもあるものだ。他の地域に比べると、住民から受け入れられていると思う。私が町議、町長になってからは事故がないように、住民の安心安全につながるような原発の運転を事業者に求めてきた。
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文献調査について私が町長になってから度々、議会で質問が出ていた。その都度、「受け入れるつもりはない」と答えてきた。玄海町のような狭いところで地下に造ればその上に人が住むことになる。あまりにも住民の生活圏に近すぎる。人が住んでいない、もっと広い土地がある自治体の方がいいと思っていた。
国が2017年に公表した処分場の適否を示す「科学的特性マップ」では、町のほぼ全域が「好ましくない」とされるシルバーに色分けされた。なおさら、玄海町周辺は最終処分場には向かない場所だと考えていた。原発に加えて最終処分場という、二つの負担を受け入れる必要はないという考えも私の中にあった。
一方、北海道神恵内村や長崎県対馬市の議会で調査受け入れを求める請願が出され、いつかは玄海町でも請願が出て私が判断することになるのかもしれないと想定していた。
決断するまでは、やっぱり苦しかった。私が一人で決めないといけないことだからだ。文献調査を受け入れるべきではないという私の基本的なスタンスと、受け入れるべきだという議会の議決があり、私が決めたことによって両極端に振れる。
その中で今回の判断を下したのは、議会の議決があったからだ。住民の代表である議会が請願を採択したことは重く、むげにはできない。採決も賛成6、反対3のダブルスコアだったのでなおさら重い。それを断れば議会から不信任案が出るかもしれない。議会を解散するか、町長選挙かとなって住民の分断ができてもいけない。そういったところまで考えた。
現状の手挙げ方式の選定方法では、首長は難しい判断を迫られる。例えば国が適地をいくつかピックアップして「ここが適地なのでお願いします」と自治体側に投げかけ、議会にも首長にも説明して合意形成できるようなやり方があってもいいと思う。地方自治体をないがしろにするようなやり方はいけないが、もう少し国が前面に出てくる部分は必要だろう。
核のごみはたまり続けており、原発立地自治体としては最終処分場は日本のどこかに1カ所は必要だと考える。
調査受け入れ表明時に私は「呼び水」という表現を使った。一石を投じて波紋を広げるだけではない。原発立地自治体が調査を受け入れたことを受け、この問題について考え、手を挙げてくれる自治体が出てくることを願う。【聞き手・五十嵐隆浩】
決定過程に原子力委関与必要 寿楽浩太・東京電機大教授
原発立地自治体の玄海町が文献調査受け入れを決めたことには驚いた。政府や原子力発電環境整備機構(NUMO)なども従来は「負担を分かち合う」ことを訴えてきたからだ。ただ、フィンランドやスウェーデンでは原発立地自治体が最終処分場も受け入れている。一歩引いてみると、特異なことではないのかもしれない。
適地かどうかの判断はこれからだが、原発を受け入れてきた地域の皆さんが考えてくれるのはありがたいという面に着目するか、負担を分かち合おうとするか、どちらが好ましいかは価値判断の問題だ。倫理的、道徳的な面も含め、社会全体の見識が問われる。
政府は10カ所程度から候補地を絞る考えだが、NUMOが2002年に公募を始めて以降、手を挙げたのは3自治体にとどまる。公募方式そのものに問題があるとの指摘もあるが、過去の原発などの立地選定が不透明だったことへの反省から採用された側面もある。
では、どうすべきか。まずは選定手順を明確にする必要がある。第1段階の文献調査に手を挙げた候補地から、第2段階の概要調査、最終段階の精密調査までにそれぞれどのくらいまで絞るかや、絞り込みの基準や優先順位の付け方のルールも決まっていない。
手続きの公明さをどう確保するかも問われる。11年の東京電力福島第1原発事故を受け、原子力に関係する官庁や事業者、専門家はいったん信頼を失ったというところから始めなければならない。
玄海町が調査受け入れに至る過程で、国が17年に公表した調査対象としての適否を示す「科学的特性マップ」で「好ましくない特性がある」地域に該当するのに国が申し入れをしたことや、調査を受け入れれば多額の交付金が支払われることに疑問の声が上がった。
求められるのは、ある機関の決定や振る舞いを他の機関や第三者が検証する「チェック・アンド・バランス」を機能させることだ。国の基本方針は、政府の中でより第三者的な立場である原子力委員会によるチェックを定めているが、17年以降実施されておらず問題だ。福島原発事故後に発足した、独立性の高い原子力規制委員会の安全面への積極的な関与も望まれる。
市民との対話にしてもそうだ。最終処分場の安全性について選定の実施主体のNUMOが説明しても、納得は得られにくい。原子力規制委の専門家が是々非々で関わるだけで信頼度は増すはずだ。
「核のごみ」を巡る社会的な議論は最終処分法が成立した00年以来、十分になされてきたとはいえない。私個人としては、そもそも地層処分という方法でいいのか、地層処分を行うにしても処分場の選定をどのように進めるのかなど、大元の議論からやり直した方がいいと思ってきた。
だが、手を挙げた自治体が出て他の自治体にはない負担を強いている以上、仕切り直しの議論を提起することにためらいを感じざるを得なくなった。まずは現状の枠組みの不十分な部分について、何ができるかを突き詰めて考える必要がある。【聞き手・森永亨】
処分政策を抜本的に見直せ 渡辺凜・キヤノングローバル戦略研究所研究員
核のごみの最終処分場を議論するに当たり論点は少なくとも五つある。(1)原子力技術を利用すべきか、どのように利用すべきか(2)核燃料をリサイクルすべきか(3)出てきた廃棄物をどのように処分すべきか(4)地層処分とするのなら、どのように実施すべきか(5)処分地をどこに作るか――だ。
(1)は核のごみが今後どのくらい出てくるか、(2)は使用済み核燃料を再処理する現行の計画が妥当なのか否かの議論につながる。(3)は放射能が下がるまで10万年近くかかるとされる核のごみを、現在の科学的知見でどう処理するのが最も安全で合理的か、(4)は処分場の数や規模、埋め方など具体的な地層処分のやり方に関わってくる。
だが、日本では(1)~(4)に関する議論を限られたステークホルダー(利害関係者)が、限られた時間でしか行ってこなかった。(5)は受け入れを検討する自治体なども議論に関われるが、その前提となっている(1)~(4)については「決まったこと」として議論の余地をなくしている。これでは国民の関心は広がらないし、候補地選定を巡る議論がかみ合わないのは自明だろう。
私は2014~15年に茨城県東海村で核のごみの処分について、市民と専門家の対話手法に関する研究をした。市民の意見を取り入れて政策の選択肢を考える仕組みが必要と考え、市民に望ましい処分方法を聞き、その実現法を専門家に尋ねたが「地層処分ありき」で、それ以外の議論への拒絶反応も強かった。
地層処分を、数あるうちの一つの戦略として捉える意識が、原子力関係の専門家では弱いと感じた。業界全体に、互いを批判しない習わしのようなものがあるからかもしれない。知的な独立性がなければ、市民への説得力も得られないのではないか。
核のごみの処分は不確実性が大きい。数万年の間にどのような天変地異があるか分からないし、燃料価格の変動、エネルギー技術の発展で原子力政策が変わる可能性もある。さまざまな不確実性があるなかで、より良い意思決定をしていくためには、その決定がどのような社会的、技術的、経済的な条件を前提として行われたものか、整理し記録していくことが重要だ。
これだけ長期にわたって影響を及ぼす事業について、ごく一時代のごく一握りの人が決めたから「それで決定、最後までやり通すべきだ」というのは乱暴だし、国際的には異常な態度だ。欧州諸国では、処分政策が将来、覆される可能性があることを考慮し、柔軟性を持たせた設計をすることが主流となっている。
政府が進める脱炭素政策では原子力の役割が大きく、今後、高速炉や高温ガス炉などの次世代炉開発も加速させるという。政策転換により、廃棄物の量、性質や状態、有害性などが変わることが見込まれる。今こそ、核のごみの処分政策の抜本的な見直しをすべき時期であり、そうしたプロセスを踏まずに、拙速に原発の利用拡大を目指すことは、玄海町を含め調査に応じてくれた自治体はもとより、社会全体に対して無責任ではないか。【聞き手・森永亨】
3段階の調査で選定
最終処分場は、使用済み核燃料を再処理した後に出る廃液をガラスで固めた高レベル放射性廃棄物について、地下300メートルより深い地中に閉じ込める「地層処分」をする施設。国は廃棄物4万本以上を埋設できる施設を1カ所作る方針だが、すでに2万7000本分が存在する。適地の選定は、(1)文献調査(2年程度)(2)概要調査(4年程度)(3)精密調査(14年程度)――の3段階を経て決まる。
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■人物略歴
脇山伸太郎(わきやま・しんたろう)氏
1956年佐賀県玄海町生まれ。福岡大卒。家業の家電販売店を継ぎ、2001年から町議を5期務め、18年町長選で初当選。現在2期目。23年の「マニフェスト大賞」で優秀賞受賞。
■人物略歴
寿楽浩太(じゅらく・こうた)氏
1980年千葉市生まれ。東京大大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。専門は科学技術社会学。2013年から経済産業省「核のごみ」処分政策に関する審議会委員。
■人物略歴
渡辺凜(わたなべ・りん)氏
1992年東京都生まれ。東京大大学院工学系研究科原子力国際専攻博士課程中退。日本原子力研究開発機構外部有識者レビュー委員。専門はエネルギー政策、科学技術社会論。