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毎日新聞2024/7/19 東京朝刊有料記事4379文字
せっかく就いた職場に、若者たちが数年で見切りをつける。そんな早期離職の傾向が続いている。新規学卒者が就職後3年以内に辞めた離職率は3割程度。若者たちのライフスタイルや意識の変化が背景にあるのか。企業が職場環境の改善に努める一方、退職代行という新しいサービスも広がりつつある。
「ゆるさ」にキャリアへの不安 古屋星斗・リクルートワークス研究所主任研究員
2015年以降、働き方改革関連法をはじめとする一連の法律が施行され、職場環境は大きく改善された。例えば企業の有給休暇取得率の公表が義務づけられ、残業時間の上限規制やパワハラ防止が求められるようになった。劣悪な環境で若手社員を酷使する「ブラック企業」や社員の過労自殺などを背景に、国が法的権力で企業に介入したといえる。
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職場環境がこうして改善されたにもかかわらず、若者の早期離職が減らない現象が起きている。かつては、若者が大学を卒業した時の景気が良ければ望む企業に入りやすいので離職率は下がり、悪ければ上がるということが研究から知られていた。ところが近年は景気に関係なく離職率が3割程度だ。とりわけ大手企業は初任給を引き上げたり、残業を減らしたり休暇も増やしたりしているが、若年の離職率が上がっている。
一昔前の職場は新入社員にとってある種の修業の場であり、就職前に想像していたイメージと現実とのギャップについていけず、辞めるケースが目立った。今の職場は上司や先輩がほめて育てる方針に転換し、若者からの好感度も上がっている。しかし不満が少ないはずの「ゆるい職場」に対し、若者が将来へのキャリア不安を感じて辞めるケースが顕在化している。終身雇用の慣行が失われていく中、若者がキャリアチェンジを念頭に置くと、自分自身に知識や経験を蓄積していく必要があるが、「ゆるい職場」ではその達成に時間がかかると思うからだ。
若者にとって会社が人生に占める割合についても、時間と気持ちの両面から下がっている。働き方改革のおかげで深夜まで働かなくても済み、土日は休める。代わりにリスキリング(学び直し)や副業に充てられる時間が増えることが影響している。
冷戦構造の中、日本社会が一丸となって特定の目標に向かっていた時代はとうの昔に終わった。個性重視の教育の中で育った若者が、それぞれ目標を定め、なるべくありのままの自分でいたいと思う感覚は理解できる。その実現には、どこに転職しても通用するスキルを身につけることが必要だ。どんな社会でも、一つの分野の専門家になるためには一定の努力と時間が求められる。
ただ少子化により若年人口が減るという構造的な労働力不足の中、第2新卒市場が成立しており、若者は転職すれば賃金が上がる状態となっている。子どもが増える想定は今後も難しく、企業同士が若者を奪い合う構図は変わらないだろう。
働き方改革はすでに後戻りできない段階に入り、今後は育て方改革が本格化する。企業は若者を育てては辞められる状況だと投資効果が合わず、若者は社外の同年代のキャリアと比べて不安になる。その解決策として企業単体ではなく地域や業界で育成することが考えられる。例えば地域の中小企業が一緒に「同期」を育てる。大手企業間でお互いに若手社員を出向させて育成するやり方も今後増えていくだろう。【聞き手・宍戸護】
時間・費用に対する効果重視 金間大介・金沢大教授
マニュアル的な知識や技術をいち早く身につけることが、仕事ができるようになる近道だと若者は考える傾向にある。そのファストスキル的な発想は、周りからこぼれ落ちないようにするための自己防衛でもある。
若者を採用する企業は、長期的な人材育成のため、希望通りではない職場に若者を配属することもある。しかし若者はこの回り道をとらえて「タイパ(タイムパフォーマンス、時間対効果)が悪い」と思い、企業との間にズレが生じる。若年人口減で転職先は多くある近年、手っ取り早い成長の機会を与えてくれない職場について「この会社に居続けてよいのか」と悩むようになる。
若者が辞めようと思っている状況に企業が気づきにくいのも特徴だ。上司との1対1の面談で若者が「アドバイスありがとうございます」と話した後、退職代行サービスから連絡が届くケースもある。突然の退職願に上司が面食らうのは、今の若者が本音風に話す「演技力」にたけているからだ。
この背景には、小中高校で「個性の重視」の教育の下、「主体性」発揮を求められ続けることがある。この主体性はごく優秀な一部をのぞき、大人からの圧力というマイナスの意味で受けとめられる。それを避けるために、子供は大人向けの会話用のテンプレート(定型)を身につける。上にも下にも出ず、大人と歩調を合わせる演技力と言い換えてもよい。
また、少子化の影響も大きい。若年人口減で子供1人への期待感は高まり、高校や大学への進路指導では「偏差値だけではなく、将来何になりたいか考えて進学先を選んで」と言われ、行事では「チャレンジ精神」を求められる。こんな教育の中で育つ若者は「やりたいことを見つけなければならない」「この世には自分の個性を生かせる天職があるはず」といった価値観を持つようになる。
一方で周囲を見渡せば、ハラスメント対策などに縛られつつ、ひたすら周囲に気を使いながら仕事をする先輩たちがいる。そんな姿を横目で見ているうちに若者は昇進して上司になることは、責任と負担ばかり大きくコスパ(費用対効果)に合わないと考えるようにもなる。
近年、若者の就職先に地方公務員が人気なのも事情は似ている。国家公務員(官僚)と地方公務員といずれも内定した学生に「同じ世代でも役職が早く上がる」と官僚を勧めても、あえて地方公務員を選ぶケースが多い。責任や負担が増える昇進のために一層頑張らなければいけない状態を「罰ゲーム」に例える若者もいるほどだ。
とはいえ、若者には社会貢献したい気持ちも十分ある。天職探しは否定しないが、まずは目の前の仕事の楽しさ、やりがいを見つけてほしい。企業には「働きがい」を一緒に見つける努力を求めたい。上司はメールを客に送る仕事を頼んで若者ができたら「個別」にほめる。当たり前と思わずに若者の行動に言葉できちんと返すことから始めてはどうだろうか。【聞き手・宍戸護】
退職代行という「駆け込み寺」 小沢亜季子・弁護士
私は2018年8月から、「退職代行」サービスを始めた。インターネットで、民間業者による代行の利用者が増えているという記事を読んだことがきっかけの一つだ。弁護士の立場からすれば、労働者が自由に会社を辞められるのは法的に当然のことなので、最初に知った時は驚いた。
取り組むようになった理由はもう一つある。当時24歳の弟が、入社して半年たった頃、突然死してしまったことだ。後日、スマートフォンを見ると、「仕事 辞め方」などと、検索履歴が残っていた。弟のように会社を辞めたくても辞められない、家族を失い悲しむ人が二度と現れないためにも、意義があるサービスだと感じた。
弁護士や民間業者などが会社に対し、利用者の退職の意思を伝えたり、有給休暇の消化や残業代を請求したりすることが退職代行だ。利用者の業務の引き継ぎ方法など、退職に関するあらゆる事項を会社側と交渉する。
利用する際、知っておいてほしいのは、民間の非弁護士業者の場合は、退職の意思を伝達することしかできないということだ。弁護士法でその後の交渉は行えない。民間業者から途中で弁護士への相談を利用者に促すケースもあるが、既にこじれており、交渉が難航するのは必定だ。
利用の申し込みを受けたら、まず対面や電話、ウェブ会議システムで、退職したい理由などをヒアリングする。その結果、自身で辞めることができそうな人には、自ら退職の交渉をする考えがないか、もう一度確認する。でも、利用者は、とにかく、会社側とのコミュニケーションを遮断したいという人がほとんどだ。退職の意思を通知すれば、原則として、民法により2週間で籍を抜くことはできる。その後、事務的な処理も含めれば、約2カ月で全ての作業は完了することが多い。
サービス開始後、少なくても400件ほどの相談があり、若者(10~20代)は3割ぐらい。その割合は、今も大きく変わらない。利用する理由は、退職意思を伝えたら激怒された「退職妨害」や、長時間労働で疲れ果て、自分で退職を申し出る気力がない「体調不良」、叱責されるのではと思い、恐怖で言い出せない「恐怖・そんたく、遠慮」など五つほどに分類される。利用者と接してみると、深く考え過ぎる、まじめな人が多いように感じる。
開始当初は「情報弱者ビジネスだ」と言われた。簡単に退職できるのに、それを知らない人からお金を取るビジネスだ、と。しかし、日本型雇用モデルに変化がみられることなどもあってか、企業側から正面切って否定されることはなくなってきた。淡々と手続きを進める感じで、退職代行に対する社会の評価も変わってきているようだ。
仕事で命や幸せを失う必要はない、と伝えたい。人生は長いので、一度リセットして、また、次に挑戦してほしい。サービスの利用に賛否はあるかもしれないが、苦しみの渦中にいて、気持ちが楽になるなら、最後の「駆け込み寺」として、利用をためらわないでほしい。【聞き手・岡崎大輔】
早期離職3人に1人
厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」によると、就職後3年以内の離職率は2020年3月の新規大学卒就職者が32.3%で、この数字は過去10年ほぼ変わらない。短大卒が42.6%、高卒が37%で4割前後の傾向だ。従業員1000人以上の企業は26.1%だが、10年(21.7%)と比べると4.4ポイント増えており、大企業での離職率に増加傾向がみられる。
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■人物略歴
古屋星斗(ふるや・しょうと)氏
1986年生まれ。一橋大大学院社会学研究科修了。経済産業省などを経て2017年から現職。一般社団法人「スクール・トゥ・ワーク」代表。著書に「ゆるい職場」など。
■人物略歴
金間大介(かなま・だいすけ)氏
1975年生まれ。金沢大准教授などを経て、2021年から現職。同年から東京大未来ビジョン研究センター客員教授も兼ねる。著書に「静かに退職する若者たち」など。
■人物略歴
小沢亜季子(おざわ・あきこ)氏
1987年生まれ。早稲田大大学院法務研究科修了。2012年東京弁護士会に弁護士登録。企業、労働者双方の弁護に従事。著書に「退職代行」。=三浦研吾撮影