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毎日新聞2024/7/24 東京朝刊有料記事982文字
春キャベツも今年、価格が高騰した。生鮮食品の値上げもエンゲル係数を大きく左右する=奈良市で2024年5月16日、山口起儀撮影
<sui-setsu>
エンゲル係数に異変が起きている。家計の消費支出に占める食品の割合を示す有名な経済指標である。かつて学校で習ったという人も多いだろう。
世界に広がったのは19世紀。ドイツの統計学者、エルンスト・エンゲルの論文がきっかけだ。
日々の食卓などに欠かせない食品は、他のものに比べ削りにくい。エンゲルはここに目をつけた。
係数が高くなるほど、食品以外に支出を回せない状況だと言えるのではないか――。
以来、エンゲル係数は各国の生活水準を測るバロメーターと位置づけられてきた。
戦後間もない1940年代、国内のエンゲル係数は60%超あった。日本が貧しかった時代だ。
経済成長とともに改善が進み、2005年には22・9%まで低下している。ここまでは教科書で習った通りの動きだ。
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しかし、ここ数年、係数はにわかに上昇に転じている。23年は40年ぶりの高水準となり、最近も高止まりが続いている。
経済が成熟したはずの日本で何が起きているのか。
景気が悪化した? 政府の月例経済報告によると「このところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している」と堅調らしい。
大手企業の業績も絶好調だ。24年春闘の平均賃上げ率は33年ぶりの高い水準を記録した。
だが、家計の声に耳を傾けると「異変」の正体が見えてくる。
日銀が定期的に実施している「生活意識に関するアンケート調査」。回答者の7割近くが現在の景気は「悪い」と指摘している。政府見解とは正反対だ。
暮らし向きに関する質問にも、半数以上が「ゆとりがなくなってきた」と悲鳴をあげている。
データだけ見れば順風な日本経済だが、折からの物価高で市民生活が追い詰められている証拠だ。
エンゲル係数をめぐっては、日本人の生活スタイルの変化や高齢化により、有効性を疑問視する声も少なくない。
熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト=東京都千代田区で2023年2月1日、赤間清広撮影
しかし、第一生命経済研究所の熊野英生・首席エコノミストには「日本人の生活が貧しくなっていることの象徴」に見える。
例えば、係数上昇の一因となっている歴史的な円安。政府・日銀が必死に市場介入を繰り返しても、一向に歯止めがかからない。
国際競争力の低下など日本経済の存在感が薄れ、市場の円売りを助長させている側面もある。
日本が抱える構造的な問題が上昇の背景にある。目を背けたくなるような現実をも直視せよ。そんな警告でもある。(専門記者)