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毎日新聞2024/4/29 06:00(最終更新 4/29 06:00)有料記事2334文字
有機フッ素化合物の一種「PFOA」の粉末=原田浩二・京都大准教授提供
分解されにくいことから「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物(PFAS)。米国は今月、飲み水に含まれるPFASについて、初の法的規制値を決定した。日本でも河川などから検出が相次ぐが、健康影響や規制値を巡る議論には欧米と差があるようだ。
製造・輸出入禁止も続く環境汚染
PFASは1万種類以上あるとされる物質の総称で、中には水や油をはじく、熱に強いといった特性を持つものがある。PFASのうち、代表的なPFOSとPFOAという物質は、食品の包装紙や布地のはっ水加工、焦げ付きにくいフライパンや半導体の製造工程、泡消火剤など、日用品から産業用途まで幅広く利用されてきた。
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だが、一度生物の体内に取り込まれると蓄積されやすいことなどから、国内では2010年にPFOSの製造・輸入を原則禁止して以降、徐々に規制の対象を広げてきた。一部は発がん性があると指摘され、有害な化学物質を国際的に規制する「ストックホルム条約」でも09年にPFOS、19年にPFOAを規制対象に加え、国際的に製造や輸出入が原則禁止されている。
飲み水の基準、米国は値を大幅引き下げ
なぜ人間の体内に?
ただし、環境中に出てしまったPFOSなどは長く残り続ける。米国では州政府などが水道水や環境を汚染した製造企業の責任を問う訴訟が広がっている。
米環境保護局は今月10日、PFOSとPFOAの飲み水の濃度の上限を各1リットルあたり4ナノグラム(ナノは10億分の1)と決めた。米国のこれまでの基準は合計70ナノグラムで、人の健康影響についての最近の疫学研究を重視し、値を大幅に引き下げた。他の三つのPFASも規制対象に加えた。
米ボストン在住の内科医、大西睦子さんは「規制強化を評価する声がある一方、飲料水の浄化には多大な費用がかかり、水道料金の値上がりにつながると懸念する声もある」と話す。
日本でも各地で検出、目標値の400倍超も
日本では20年、政府が水道水の暫定目標値として、PFOAとPFOSの合計で「水1リットルあたり50ナノグラム」とすることを決め、河川や地下水などについても同じ値を暫定指針値とした。
環境省が22年度、全国の河川や地下水などを調査した結果では、全体の1割弱にあたる16都府県111地点で指針値を超えた。最大で420倍検出した地点もあった。東京・多摩地域では水道水の水源だった井戸でPFASが検出され、市民団体が専門家の協力を得て22年11月から住民の血液検査を開始した。
食品安全委の評価案、欧米より大幅に緩く
米軍普天間飛行場近くの側溝に流れ出た泡消火剤=沖縄県宜野湾市で2020年4月10日午後8時26分、竹内望撮影
国の食品安全委員会は、国内外の研究報告を基に人の健康への影響を検討し、今年2月にPFOSとPFOAの健康影響評価案を公表した。
評価案は「疫学研究で報告された血液中の(肝機能を調べる)ALT値と総コレステロール値の増加、出生時体重の低下、ワクチン接種後の抗体反応の低下との関連は否定できないが、いずれも証拠は不十分」とし、動物実験の結果から健康に影響しないと推定される1日摂取量を「体重1キログラム当たり各20ナノグラム」と設定した。
評価をまとめた作業部会の座長の姫野誠一郎・昭和大客員教授は「今あるデータで確実に健康影響があると言えるものは見つからなかった。消去法で確実性が高いと採用したのが動物実験のデータだ」と強調した。
だが、評価案の数値は欧米の指標値と比べると数十倍から数百倍高い。
欧米は疫学研究の結果を採用
食品安全委が開いた国民向けオンライン説明会では、欧米との数値の違いについての疑問が寄せられ、発がん性や脆弱(ぜいじゃく)な子どもに配慮すべきだとの意見もあった。
最近の欧米の評価が厳しいのは、出生時体重の低下や子どものワクチン接種後の抗体反応の低下など、増えつつある疫学研究の結果を採用しているからだ。食品安全委はこれらについて「成長に及ぼす影響が不明」などとして採用していない。
国際研究機関は発がん性分類を引き上げたが
PFASの飲料水の基準
発がん性についても国際的な評価と日本の評価には違いがある。世界保健機関(WHO)の傘下の国際がん研究機関(IARC)は昨年11月、PFOAについて「人に対して発がん性がある」と分類を格上げし、PFOSは「発がん性がある可能性がある」とした。一方、食品安全委の評価案では、人での研究は「研究結果に一貫性がない」とし、発がんのメカニズムも「間接的なもので強い証拠があるとは言いがたい」との見方を示した。
東京大の遠山千春名誉教授(環境保健学)は食品安全委の評価案について「出生時体重の低下は動物実験と疫学調査で同様の傾向が認められており、リスク評価に用いるべきではないか。不採用とするなら論拠を明確にすべきだ」と指摘する。
「政府主導で汚染源特定、対策を」
湧き水を使っていた児童公園の水遊び場。有機フッ素化合物が検出されたため、水が止められたという=沖縄県宜野湾市で2023年7月7日午後2時12分、喜屋武真之介撮影
評価案には3月7日までに3952通の意見が寄せられ、今後正式決定される。環境省は食品安全委の評価を基に暫定指針値などの見直しを検討するが、今の値と変わらない可能性もある。PFOA、PFOS以外のPFASへの対象拡大、拡充の必要性が指摘される環境モニタリングなども今後の課題だ。
環境への流出が最近になって判明することも少なくない。多摩地域にある米軍横田基地で、10~12年に計3回の泡消火剤流出事故があり、12年は3030リットルが漏れていたことが23年、明らかになった。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場では、20年4月に泡消火剤の大量流出があった。
京都大の小泉昭夫名誉教授(環境衛生学)は「PFAS汚染は米軍基地や企業が関わる環境問題で、政府が正面から向き合うのを避けてきた責任は重い。政府の主導で汚染源の特定や対策をすべきだ」と指摘する。【下桐実雅子】