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毎日新聞2024/7/26 06:00(最終更新 7/26 06:00)有料記事1828文字
台湾の緑島にあった政治犯収容所「新生訓導処」を舞台に描かれた映画「流麻溝十五号」©thuànn Taiwan Film Corporation
台湾南東部・台東市から東に約33キロ。高速船で約1時間の沖合に緑島はある。マリンレジャーで人気の観光地だが、かつては政治犯収容所があり、外界からは閉ざされた孤島だった。この地に送られた女性政治犯を取り上げた映画が日本でも公開される。
日本統治時代は火焼島(かしょうとう)と呼ばれ、台湾総督府は1911年、この島に「火焼島浮浪者収容所」を設置した。第二次大戦での日本の敗戦後、中国大陸で共産党と戦って敗れた国民党は台湾に渡った。
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国民党政権は共産党のスパイ粛清を名目に左翼思想を弾圧し、独裁体制を強化。反体制派とみなした者に対する無差別逮捕や処刑が行われ、「白色テロ」と呼ばれた。
政治犯収容所「新生訓導処」跡では、人形を使って居住の様子などを再現している=台湾台東県・緑島で2024年5月21日、鈴木玲子撮影
51年、緑島に政治犯収容所「新生訓導処」が設置された。最も多い時は約2000人が収容され、その一部は女性で、思想改造や重労働を強制された。収容所の廃止後も、その隣に通称「緑洲山荘」と呼ばれた監獄が置かれた。
87年の戒厳令解除後、民主化の進展により、一帯は人権博物館の白色テロ緑島記念園区として生まれ変わった。収容所跡では、ろう人形や証言映像などで過酷な労働や再教育の様子が再現され、人権教育の重要な場になっている。
その女性政治犯たちの苦難を描いた台湾映画が「流麻溝十五号(りゅうまこうじゅうごごう)」(2022年製作)だ。題名は収容所の住所だという。作家の曹欽栄(そうきんえい)氏が女性たちから聞き取りをした同名の書を基に映画化された。26日から、東京などを皮切りに日本全国で順次公開される。
映画「流麻溝十五号」の周美玲監督©thuànn Taiwan Film Corporation
監督は台湾人女性の周美玲(ゼロ・チョウ)氏。ジェンダーをテーマに数々の作品を手掛けてきた。本作は、台湾で女性政治犯を真正面から取り上げた初の作品。日本公開を前にインタビューに応じた周監督は次のように話す。
「女性たちは自分の思想や考えを持っていた。でも当時の女性の社会的地位は低く、釈放後も結婚は難しく、さまざまな差別を受けた。だから当事者の女性たちは、自ら語ることはなかった」
調べていくと、収容された女性政治犯のうち台湾出身者は47%で、実は中国大陸から台湾に渡った人の方が53%と多いことが分かった。「原作に出てくる6人全員が台湾出身者。でも大陸出身者も描かないと歴史の記録としては欠けてしまう」と考え、大陸出身者のストーリーを加えた。登場人物は、実際の事件を基に、実在した複数の人物を重ね合わせて設定した。ロケの3分の2は緑島で行った。
本作では、登場人物が使う言語の違いにこだわった。終戦前までの日本語教育によって日本語を話せる台湾出身者、中国の広東省や山東省など各地から渡った人など、言語や文化が異なるさまざまな人物が出てくる。このため役者ごとに中国語の方言や日本語などの語学教師をつけ、マンツーマンで特訓した。
「新生訓導処」跡には、政治犯にされた人たちの写真が並び、人権弾圧の歴史を伝えている=台湾台東県・緑島で2024年5月21日、鈴木玲子撮影
台湾では民主化から既に30年以上たち、白色テロ時代をよく知らない若い世代が増えた。周監督は「観客の7、8割は女性政治犯がいたことを知らなかったと思う。『自由で民主化された台湾に、こんな時代があったの』と驚く若者が多い」と語る。
そんな若者たちにもリアルに感じてもらえるように、役者の立ち居振る舞い、衣装やセットなど当時の状況を忠実に再現。弾圧に屈せず、あらがい続けた勇敢な女性たちの姿が、複雑な社会状況と共に見事に描かれている。
「実は、政治的なテーマを撮るのは非常に難しかった」と明かす周監督。22年、台湾での公開前には「この映画は見ない方がいい」などと、ネットに作品や監督を中傷する書き込みがあった。一部で上映反対運動が起き、上映が中止された映画館もあった。
白色テロ時代には、国民党政権が反体制派とみなした者に対する弾圧が続いた。映画「流麻溝十五号」の場面から©thuànn Taiwan Film Corporation
民主化の息吹とともに、映画界では「悲情城市」(89年、侯孝賢監督)など白色テロを扱った作品が登場した。ただ近年はめっきり数を減らす。政治対立が社会の亀裂を深める中、政治的なテーマを避ける傾向が映画界に広がる。
「『文化・芸術で政治的なことは語らない方がいい』と言うクリエーターは多い。でもこの話は歴史的な事実。誰も語らないなら私が語る」と周監督は揺るがない。
かつて白色テロはタブーとされ、口に出すことさえ許されなかった。被害を証言できる時代になっても、語り手の多くは男性たちだ。周監督は、封印せざるをえなかった女性たちの思いを覚悟を持って世に伝えている。その気概が胸を打つ。【外信部・鈴木玲子】
<※7月27日は休載します。28日のコラムはくらし科学環境部の黒田阿紗子記者が執筆します>