|
毎日新聞2024/7/27 東京朝刊有料記事2028文字
7月15~18日に開催された中国共産党の3中全会で壇上に並ぶ習近平国家主席(中央)ら政治局常務委員7人=新華社・AP
ダーウィンが「進化論」を着想した南米のガラパゴス諸島。動植物が独自の進化を遂げた孤島になぞらえ、日本独自規格の携帯が「ガラケー」と呼ばれたのはスマートフォンの普及前夜だった。
カメラ内蔵で画像やメールの送信も可能。テレビが映る機種も現れ、スマホの機能を先取りして隆盛を極めた。だが、アップルのiPhone(アイフォーン)など黒船の到来で絶滅危惧種になった。
Advertisement
似た状況にあるのが今の中国だろう。フェイスブックやX(ツイッター)など米国発のSNS(ネット交流サービス)を認めず、国家的ファイアウオールも構築して独自のネット環境を発展させてきた。
だが、14億人の市場は島というより大陸で生存空間は広い。独自の進化を遂げても生き延びることは可能だろう。
中国版LINE(ライン)の「微信(ウィーチャット)」を運営しているテンセント。世界に先駆けてQRコード決済サービス「アリペイ」を普及させたアリババ。米IT大手「GAFA」に代わる存在には事欠かない。
オーストラリアで独自の進化を遂げた有袋類を連想する。カンガルー、コアラ、ウオンバット。旧大陸では生存競争に敗れたが、孤立した大陸で生き延びた。旧大陸の哺乳類と形態が似た動物も多い。
デジタル時代のライフスタイルを支える技術も求められる機能に大差はない。電子商取引やSNSに加え、人工知能(AI)や電気自動車(EV)も独自の「中国版」を発達させつつある。
◇ ◇
中国の独自性をより強めたのが米国の輸出規制だ。半導体など先端技術に高い壁を築き、日本など同盟国も巻き込んで中国の技術開発を抑え込もうとしている。狙い撃ちされたのが通信大手の華為技術(ファーウェイ)だ。
世界をリードしていた高速通信規格「5G」ネットワークから排除する動きが進み、かつてサムスンと世界トップの座を争ったスマホ事業も一時は壊滅的な状況に陥った。
そのファーウェイが奇跡的な回復を遂げつつある。立役者がファーウェイ独自の基本ソフト「ハーモニー(鴻蒙)OS」だ。米国の規制を逃れた先端半導体を使った最新スマホは愛国心を刺激して売り上げを伸ばし、ハーモニー用のアプリ開発も進む。
ネットワークからの排除も進んでいない。米国ではファーウェイ製品を利用する企業からの政府調達が禁じられたが、ブルームバーグ通信によれば、米国防総省は後方支援物資が調達できなくなるとして毎年、適用免除を求めているという。同通信は「世界にはファーウェイから逃れられない地域がある」という関係者の発言を伝えた。
これまで慎重だったドイツが今月、ファーウェイなどの5G製品の排除を決め、主要先進国の足並みはそろった。だが、第1段階の実施期限が2年後、第2段階は5年後というから時間がかかる。
英エコノミスト誌は「米国のファーウェイ暗殺計画は裏目に出ている」と評した。
◇ ◇
18日まで開かれた中国共産党の第20期中央委員会第3回総会(3中全会)は「中国式現代化」推進のため、「改革をいっそう全面的に深化させる」と決めた。といっても鄧小平時代のように市場経済の導入、活用を目指した改革とは方向性が異なる。国家の安全や国有企業に軸足を置く共産党主導の改革である。
今年4~6月期の国内総生産(GDP)の成長率が4・7%に減速した。不動産市況が回復せず、消費意欲も停滞する。決定は地方財源の拡大や所得分配の改善、社会保障制度の見直しなどを盛り込んだが、景気浮揚に向けた具体策には欠けた。特効薬があるわけではない。「中国式」を掲げ、欧米型の発展モデルを拒否する習近平国家主席が依拠するのは結局、イノベーションだ。
米大統領選の行方は不透明感を増すが、誰が当選しても対中強硬姿勢は変化しそうにない。包囲網を突破しつつあるように見えるファーウェイは心強い存在だろう。3中全会の決定は「ハイレベルの科学技術の自立自強」や「自主・制御可能なサプライチェーンの構築」を打ち出した。
対外開放や国際協力を否定してはいないが、米国に対抗して「自力更生」の先端技術開発や供給網の構築を目指す狙いが色濃い。半導体開発支援の7兆円ファンドも設立された。一方で日本など外国企業の中国離れが目立つ。中国経済の「ガラパゴス大陸化」は今後も進みそうな気配だ。
中国だけでなく、世界で通用する独創的技術が生まれるのか。世界を席巻する中国発のITといえば、動画投稿アプリのTikTokが思い浮かぶが、若者の心を捉えた技術は民間企業が開発した。
習氏はアリババなど民間のIT企業の隆盛を好まず、国策での科学技術開発を重視してきた。その体質がアキレスけんになるという指摘がある。「鄧小平以来の卓越した改革家」(新華社)の真価が問われることにもなる。(第4土曜日掲載)
香港、北京、ニューヨーク、ワシントンに駐在し、中国政治や米中関係をウオッチしてきた。現在論説室特別編集委員。