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毎日新聞2024/5/15 06:30(最終更新 5/15 06:30)有料記事1917文字
紅麹(こうじ)コレステヘルプ=東京都千代田区で2024年4月8日、前田梨里子撮影
小林製薬の「紅こうじ」を含むサプリメントの健康被害をきっかけに、機能性表示食品への批判が高まっている。消費者庁は専門家による検討会を設け、5月末をめどに機能性表示食品制度を見直す方針だ。この制度を変えれば被害はなくなるのか。食の安全の専門家、唐木英明・東京大名誉教授に聞いた。【聞き手・宇田川恵】
後編もあります(11時30分公開予定)
「錠剤・カプセル」規制する新法を 紅麹問題で見過ごされた視点
トクホであっても被害は起きた!?
――紅こうじサプリの健康被害は、機能性表示食品だから起きたのですか。
◆機能性表示食品とは、健康に与える効果(機能)と安全性を科学的に証明する論文を添えて消費者庁に届け出れば、企業は商品にその機能を表示できるものです。一方、「トクホ」で知られる特定保健用食品は、国が論文を審査して許可します。
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では、トクホは国が審査するから安全で、機能性表示食品は国が審査しないから危険なのでしょうか。そもそもすべての論文は専門の審査員が査読審査をしています。さらに機能性表示食品については、企業が届け出た論文はすべて消費者庁のホームページで公開しています。つまり誰もが審査できるシステムなのです。トクホとの違いは、国が審査するか、誰もが審査するか、という違いです。
インタビューに答える唐木英明・東大名誉教授=東京都千代田区で2024年5月1日、新宮巳美撮影
今回の健康被害は、たとえサプリがトクホであっても起きていたと私は思います。なぜなら、制度や審査の違いが原因ではなく、小林製薬が製造工程のどこかで何らかの失敗を犯した可能性があるから起きたと考えられるからです。
「いわゆる健康食品」の危険性
――機能性表示食品を危険視する風潮は的外れだと?
◆健康食品には4種類あります。トクホ、機能性表示食品、そして国の規格基準に従って製造するビタミンなどの栄養機能食品。この三つは「食品表示法」で規制されています。一方、四つ目に、単なる食品なのに錠剤・カプセルの形状をした「いわゆる健康食品」があります。
この「いわゆる健康食品」は、「若さを保つ」など科学的にどう証明するのか分からないような表現を使い、タレントらを起用してイメージで売るものが多い。機能や安全性を証明する義務はなく、宣伝費をかけるほど売り上げは伸びるとされます。
ドラッグストアなどではこの4種類がごちゃまぜに売られていますが、「いわゆる健康食品」は今、全体の約3分の1を占めます。そして、これまで健康被害を出した健康食品のうち、ほぼすべてが「いわゆる健康食品」で起きているのです。
小林製薬のサプリは、機能性表示食品で初めて起きた大きな健康被害で、注目されて当然です。しかし「いわゆる健康食品」を放っておき、それより格段に安全性が高い機能性表示食品だけを目の敵にするのは明らかにおかしい。
小林製薬旧大阪工場で、立ち入り検査をする厚生労働省と大阪市の職員らしき人たち=大阪市淀川区で2024年3月30日午後0時54分、三村政司撮影
アベノミクスの負の遺産?
――機能性表示食品制度は、安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」の規制緩和策の一環で、負の遺産とも批判されますが。
◆その一面は確かにあります。しかし、この制度を作った本来の目的は規制緩和ではなく、野放し状態の「いわゆる健康食品」を何とかしようというものです。
トクホの許可を得るには、1件で数年かかり、費用は数億円にも上ります。食品や製薬業界は小規模な会社が多く、大半はそんな手間も金もかけられない。だからトクホを取得せず、多くは「いわゆる健康食品」のまま売り続けてきました。
そこで導入されたのが機能性表示食品制度です。機能と安全性を示す論文を添えて届ければよく、企業の負担は数百万円ですみます。これによって「いわゆる健康食品」から機能性表示食品への移行を促し、健康食品全体の安全を高めようという狙いだったのです。
食の安全を守る流れに逆行
――2015年の制度導入時、多くの企業は真面目で意欲的な姿勢でした。
◆以前から「いわゆる健康食品」を問題視していた企業も多く、社会的評価を高めたいという思いもあって、機能性表示食品に移行する動きは活発化しました。今では機能性表示食品は約7000件、市場規模は約4000億円に上り、全体の約3分の1を占めるまでに広がっています。
そんな中で起きたのが小林製薬の問題です。今後、機能性表示食品制度がつぶされたり、必要以上に厳しい規制をかけられたりすれば、「いわゆる健康食品」への回帰が進みかねません。食の安全を守る流れに逆行する恐れもあります。
からき・ひであき
1964年、東京大農学部卒。農学博士、獣医師。米テキサス大ダラス医学研究所研究員、東京大教授、倉敷芸術科学大学長などを歴任。「食の信頼向上をめざす会」代表。著書に「健康食品入門」「証言BSE問題の真実」など。