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毎日新聞2024/6/11 16:00(最終更新 6/11 18:10)有料記事1528文字
子宮内の細菌(イメージ)
子宮内は無菌状態だという常識が覆されたばかりか、善玉菌が妊娠する可能性とも関係するとの研究が近年進んでいる。不妊で悩む人には希望となりうる話だが、治療法はいまだ確立されていない。顕微鏡で花畑のように見えることから子宮内フローラと呼ばれる細菌の集まり。期待と限界を探った。
腸内や口腔(こうくう)内など、体内にはさまざまな細菌が生息している。体の働きを助ける役割を果たす善玉菌や、有害物質をつくり出し病気を引き起こす可能性のある悪玉菌のほか、優位な方に味方する日和見菌がある。
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従来の培養や病理検査では子宮内の微量の細菌を検出することができず、無菌状態とされてきた。だがゲノム解析技術の進歩で、米ラトガース大の研究チームは2015年、子宮内にフローラが存在することが判明したと発表した。
翌16年には米スタンフォード大の研究チームが、子宮内の善玉菌であるラクトバチルス菌の割合は、体外受精の妊娠率と相関関係があるとの研究成果を発表した。
論文によると、体外受精を実施している35人の不妊治療患者を対象に子宮内フローラを調べた結果、ラクトバチルスの割合が多い人の妊娠率は70・6%だったのに対し、少ない人だと33・3%となった。また、無事出産につながった確率はそれぞれ、58・8%と6・7%と差がついた。
ラクトバチルスは乳酸菌の一種。膣(ちつ)や子宮内で乳酸を生み出し、生殖器内を酸性に保つことで悪玉菌の増殖を抑える働きを果たす。悪玉菌が多くなると生殖器内で慢性的に炎症が続く他、免疫活動が活発になり受精卵や精子を異物として攻撃してしまう可能性が指摘され、妊娠率の低下や流産率の増加の一因として考えられている。
子宮内のラクトバチルスの割合を調べることによって不妊治療に役立てようと、検査会社「バリノス」(東京都)が独自の検査技術を開発し、17年に世界で初めて実用化に成功した。子宮内膜上の粘液を採取した後、DNAを高速で解読できる次世代シーケンサーという装置を使って細菌の種類と割合を調べる。
公的医療保険が適用されておらず検査費用は医療機関ごとに異なるが、1回約4万〜6万円程度。同社によるとこれまでに不妊治療クリニックをはじめ国内累計350以上の医療機関が検査を導入し、検査実施数は累計3万件を超える。
厚生労働省が入る中央合同庁舎=東京都千代田区霞が関で2023年1月31日、奥山智己撮影
22年6月、厚生労働省により治療効果が期待されるとして先進医療に認定され、将来的な公的保険の適用に向けて評価が進められている。先進医療になると、保険診療との併用が可能になり、患者の経済的な負担軽減になる。東京都や福岡県、大阪市など、不妊治療での先進医療に助成している自治体もある。
検査への期待は国外からも寄せられている。23年10月に羽田空港に隣接する複合施設内にオープンし、保険適用外の最先端医療を提供する「藤田医科大学東京先端医療研究センター」でも検査を導入。海外の富裕層などの受診も見込んでいる。
検査結果でわかった子宮内の細菌環境に応じて、悪玉菌を減らすための抗生物質の投与や、ラクトバチルスを増やすためのサプリメント(栄養補助食品)の摂取など、不妊治療患者を対象とした研究が国内で実施されてきた。だが、こうした対処法が妊娠につながるという医学的根拠はまだ乏しい。
同センターリプロダクションセンター(高度生殖医療)の浜谷敏生教授は「治療法の確固たるエビデンス(科学的根拠)が確立されてはいないため、学術的に必ずしなくてはいけない検査とは言いにくい」と語る。
バリノス社の桜庭喜行代表は「子宮内フローラ検査の有用性を示すためにもエビデンスをさらに積み重ねていき、不妊治療で苦労する患者が救われる治療につなげていきたい」と話す。【田中韻】