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毎日新聞2024/8/2 06:00(最終更新 8/2 06:00)有料記事1773文字
中東出身の女子高生の作文をもとにした絵本「私は十五歳」=イマジネイション・プラス提供
「私の存在が日本から無くなってる。ほんとは日本に住んでて学生なのに」
そうつづったのは中東出身で関東在住の女子高校生。2023年11月に東京都内で開かれた展示会「仮放免の子どもたちによる絵画作文展」の優秀賞作品「私は十五歳」の一節だ。
仮放免は、在留資格を失って強制送還などの可能性がある外国人が一時的に入管施設に収容されない状態のこと。移動は制限され、働けず、健康保険にも入れない。子どもたちは進学や就職にも大きな制限を受ける。
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ただ、幼少期に来日した子に「母国」の記憶は薄く、日本生まれの子には記憶がない。むしろ、行けば迫害され命の危険があると感じる場所だ。往々にして「母語」の運用もままならず、日本語こそが主言語だ。それなのに出入国在留管理庁にはことあるごとに「帰れ」と言われる。彼らが「帰りたい」場所は日本なのに。
そんな日々を生きることを強いられ、それでも日本での未来に希望をつなぐ外国ルーツの子どもたちは少なくない。22年末時点で、日本生まれで仮放免中の18歳未満は約200人(入管庁統計)。存在証明を求める彼らの叫びの一つが「私は十五歳」なのだ。
この作文は8月末、同じ題名で絵本として出版されることになった。原案者として「アズ・ブローマ」の名前があるが、女子高生の仮名だ。
展示会を20年から開催し、入管行政に詳しい駒井知会弁護士によると、女子高生自身は本名で仮放免の子らの苦境を訴えたがった。しかし、在日外国人に対する人種差別的な攻撃は、インターネット上のみならず街頭でも相次ぐ。標的になることを周囲が強く懸念し、仮名を使うことになった。
この絵本を手がけたのは独立系出版社「イマジネイション・プラス」。代表取締役の乙部雅志さん(67)は国内外の出版社で絵本を作り続け、18年に同社を設立した。「おもいやり」「やさしさ」「平和」をモットーに、社会性、時事性の高い問題に関する作品を世に送り出してきた。
中東出身の女子高生が書いた作文「私は十五歳」の一部。「私の存在が日本から無くなってる」の一文がある=関係者提供
入管行政の問題点も以前から関心を持っていた。難民申請が3回目以降の人の強制送還を可能にする改正入管法が23年6月に成立する前には、法改正反対のデモに参加するなどした。絵画作文展で「私は十五歳」と出会い、「入管の問題をより多くの人に知ってもらう第一歩として、自分が専門にやってきた絵本で出したい」と思い定めた。
作画は、名古屋市で子育て支援をするNPO法人「ひだまりの丘」の副理事長を務める絵本作家、なるかわしんごさんに依頼。企画編集を中川たかこさんに頼んだ。中川さんは、創作絵本教室を主宰し「空とぶロバ出版」代表でもある。
入管を巡る問題については乙部さん自身も2人に説明したほか、駒井弁護士や指宿昭一弁護士もレクチャーして側面から支援した。
なるかわさんと中川さんの提案は、仮放免の子と、日本の子のくらしを作文の流れに沿って対比させる内容だった。緑の服を着た仮放免の子は、父親の誕生日に在留資格を取り上げられる。赤い服を着た日本の子にとっては、父の誕生日はケーキで祝いメッセージを贈る楽しい日だ。
赤い服の子は友人と「推し」のアイドルの店を訪れることもできる。しかし緑の服の子は同じ希望を持っていても「そんな夢は一度もかなっていません」と伏し目がちに語るのだ。
両者の生活の対比は、仮放免の子たちががんじがらめにされている制限をはっきりと描き出す。それでも諦めず、大学へ進んで保育士になりたいとの夢を抱き続ける緑の服の子の強い決意も、ページの間から立ち現れてくる。
絵画作文展を始めた駒井弁護士は言う。「人が人として生きられない理不尽をより多くの人に知ってほしかった。だから始めた展示会だった。そこから絵本が生まれ、さらに広く問題が知られるようになったのは喜ばしい」
だが仮放免下の制限の中でもがく子どもたちの苦しみは続く。その痛みに表現の場を提供する展示会は今年も8月2日から3日間、東京都練馬区立男女共同参画センター「えーる」で開かれる。直木賞作家の中島京子さんと、哲学者の永野潤さんが審査員だ。そこに作文を出した一人に、アズ・ブローマさんもいた。その名は、彼女の出身地の言葉で「私はここにいる」を意味している。【川崎支局・和田浩明】
<※8月3日は休載します。4日のコラムはくらし科学環境部の大塲あい記者が執筆します>