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高齢者には白黒の夢を見る人が多い? 亡くなった夫が夢に出てこない理由は? 夢をよく見る人と見ない人がいるのはなぜ?――夢にまつわる謎をひもとき、より豊かに年齢をかさねていくための知恵を、夢の専門家、東洋大学社会学部教授の松田英子さんに教えていただきました。
夢を見るのは記憶を整理し、未来に備えるため
――夢をはっきり覚えている人がいる一方、「夢なんてほとんど見ない」という人もいます。
見ていないわけではなく、覚えていないだけでしょう。ケガや腫瘍などで脳に損傷がある場合を除き、たいていの人は一晩に三~五つぐらいの夢を見ているといわれています。
実験などで睡眠中の様子を観察すると、「夢は見ない」という人も眼球がキョロキョロ動いていて、「今、夢を見ているんだな」とわかりますよ。そのタイミングで起こすとちゃんと夢を覚えていて、「本当は見ていたんですね」と驚く方が多いです。
夢をよく覚えているのは、どちらかと言えば心配性で不安傾向の強い人。逆に夢を覚えていないのは、情緒が安定しており、ストレスに対処する能力が高い人といわれます。
――眼球が動いている時は夢を見ていることが多いのですね。
そうなんです。睡眠時には、二つの睡眠が交互に起こる睡眠周期が通常、90~120分ごとに繰り返されます。一つは、浅い眠りから深い眠りまでいくつかの段階がある「ノンレム睡眠」。もう一つは脳は目覚めている状態に近いが、体はぐっすり休んでいる「レム睡眠」です。眼球運動はレム睡眠の特徴であり、夢はおもにレム睡眠中に見ているとされます。
米国の睡眠医学者、アラン・ホブソンらは、レム睡眠中に脳幹の“橋(きょう)”という場所から信号が発生し、感覚や感情、記憶の回路が活性化する、と考えました。活性化によって生じたイメージなどを、思考をつかさどる大脳の前頭前野が不十分な活動状況のなかでまとめ、夢に仕立てている、というのが彼らが提唱した理論です。
東洋大学社会学部教授の松田英子さん=大倉琢夫撮影
脳の疲労を回復するためだけなら深い睡眠段階のノンレム睡眠だけで事足りるわけですが、レム睡眠によって夢を見るのは、過去の情報を整理して未来に備えるため、といわれています。
脳を“記憶を収蔵する図書館”とすれば、夢は司書のようなものといえるでしょうか。重複する記憶を同じ棚にまとめたり、あまり使わなさそうな記憶は奥の書庫に納めたり。外から新しい情報が入ってこない睡眠中に分類を進め、記憶が混乱しないようにしているわけです。
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――そういえば、最近起きたことと昔の出来事がセットで夢に出てきて、びっくりすることがあります。
二つの出来事になんらかの共通点があって、昔の記憶が引き出されてきたのでしょう。あるいは、新しい情報を収納しに行く途中のルートで見つけた記憶か、たまたま収納した棚の近くにあった記憶かもしれませんね。
高齢者に多い「白黒の夢を見る人」
――年をとると見る夢は変わるのでしょうか。子どもの頃は今よりも鮮明な夢を見ていたような気がします。
たしかに子どもの頃は鮮明な夢を見ることが多いです。年をとるにつれ鮮明度は低くなり、色彩や輪郭がぼんやりと淡い感じになっていくようですね。理由ははっきりしていません。
高齢者のなかには、カラーではなく白黒の夢をよく見る、という方もいます。原因はわかりませんが、加齢で夢が淡くなることと関係があるかもしれませんね。幼い頃、白黒のテレビや映画を見ていたことが影響しているという説もあります。
――夢の内容も加齢で変わりますか。
仕事をリタイアされた方からは、「ポジティブで楽しい夢を見るようになった」という話をよく聞きます。仕事や子育て、住宅ローンなど、役割から解放されて、ほっとする方が増えるからでしょうか。
家族や友達と旅行する夢、自分自身が子どもの頃の夢などが多いようですよ。悪夢を見ることも年をとるにつれ減っていくと考えられています。
――そういえば子どもの頃と違って、うなされるような怖い夢は最近、見ないですね。
若い人がよく悪夢を見るのは、未来の危機に備えるためではないかとする説があります。いざという時、自分のもつ知識やスキル、方略をどう適用し対処するか、夢でシミュレーションしているわけですね。とくに子どもはストレスを乗り越えた経験が少なく、危機に対処する能力も低いので、ささいなことにも不安を抱き、悪夢を見やすいようです。
しかし、年をとり、経験を重ねると、「トラブルが起きたとしても命まで取られるわけじゃない」「完璧にはできなくても自分なりに頑張ればいい」といった具合に心のゆとりが出てきます。それだけに、未来への危機感は若い人ほど高くないのかもしれません。
ただ、施設に入所するなどして環境が変わると不安が生じ、夢も変化するようです。たとえば、ベッドから落ちる夢や、夜中にトイレに行こうとして転倒する夢などがあります。
――リアルな夢ですね。まさに危機のシミュレーションをしているわけですね。
そうですね。また、試験に落ちたり、取引先との会議に遅刻したりといった類いの悪夢は高齢者になってもよく見られます。
――私もテストで0点を取る夢をいまだに見てしまいます。
落第も遅刻も、周りの評価を下げる出来事ですよね。人間は群れで生きる動物。世の中からどう評価されるかは、誰しも気になるところでしょう。高齢者も、家族からどう見られているかなどを気にして、評価にかかわる夢を見てしまうようです。
夢占いを気にする必要はない?
――不思議な夢を見ると、「あれは何の象徴だろう」とか「もしかすると不幸な出来事の予知夢では」などと考えてしまいます。夢にはやはり意味があるのでしょうか。
意味を追求したくなるのは人間のさがですから、気になるものが出てきたら夢占いのサイトをのぞいてみたくなりますよね。でも、夢にはその人ならではの個性が強く表れます。「万人に共通するような象徴」といったものは存在しないのでは、というのが私の考えです。
予知夢も否定するわけではありませんが、お告げなどではなく、体や心の状態を自ら観察する「セルフモニタリング」を夢でやっている、とらえるべきではないでしょうか。
たとえば、熱が出る前になぜか“たわし”のような映像が出てくるという人もいれば、鼻詰まりのときに溺れる夢を見るという人もいます。本当に十人十色で、その人自身の身体感覚や感情、記憶と結びついているイメージとしか言いようがありません。
――あまり夢の意味にとらわれる必要はないんですね。
少なくとも「不吉な夢を見たから、しばらく外出は控えよう」などと、行動を制限する必要はないと思います。「自分は未来の不安に向きあったり、過去の悲しみを癒やそうとしたりしているんだな」と、奇妙な夢や悪夢を見たら逆に自分をほめてあげてほしいですね。
――死者が夢に出てきた場合はどう考えればいいでしょう。
死の夢は世界的に見ても普遍的ですし、恐れることはないと思います。亡くなった人が生きている設定の夢はむしろいい夢のことが多いですしね。
おじいさんのお通夜の晩、夢の中で故人と一緒に料理をしたというお孫さんがいました。「おじいちゃん、死んじゃったんだよ。今、そこで寝ているんだ」というおじいさんの言葉ではっとして目が覚めたそうです。現実の世界では二度と台所に並んで立つことはないけれど、夢の世界では再会して一緒に過ごせる。夢のすばらしいところだと思います。
――亡くなったパートナーが夢に出てこない、とさびしがっている人もいます。
亡くなった配偶者がたびたび夢に出てくるのは、自分が後悔を抱いているケースが多いようですね。「元気なうちに約束を果たしてあげればよかった」「もっと健康に配慮してあげればよかった」など。生きている夫婦でも関係がうまくいっている場合、お互いあまり夢に見ないようですよ。
川の流れを想像してみてください。水面から石が頭を出している場所があると、水流にうねりが生まれますよね。わたしたちの意識も同じ。相手の存在が心のなかでひっかかっていれば夢に出てくるし、そうでなければ出てこない。でも、そのうちちょっとした出来事がきっかけとなって、登場してくれるかもしれません。
現実の感動が夢で至高体験へと昇華する
――至高体験と呼べるような感動的な夢を見る人もいると聞きます。
名曲「イエスタデイ」を作曲したビートルズのポール・マッカートニーは、夢でこのメロディーを思いついたそうです。もちろん眠ったまま、ゼロから創作したわけではないでしょう。それまで耳にしたことのある美しいメロディーの記憶が夢の中で絶妙にミックスし、奇跡的に誕生した名作ではないでしょうか。あまりの出来のよさに、本人も「以前作った曲だろう」と勘違いしてしまったそうです。
――現実の世界で感動的な体験をかさねてきたからこそ、夢で至高体験ができたということですね。
そうですね。音楽でも絵でもグルメでもなんでもいい。素晴らしい夢を見るには、好きな分野で見聞を広げてよいものに触れ、感性を磨くことだと思います。ただ、感動を伝える能力がないと、せっかくの至高体験も「なんかすごい夢だった」で終わってしまいますよね。ポール・マッカートニーの場合、卓越した表現力を持っていたので、現実の世界で作品化できたわけです。
――過去の記憶を掘り起こしたり、ミックスしたり――。夢には不思議な力があるのですね。「脳は記憶の図書館のようなもの」というお話がありましたが、夢の力を借りて探訪してみたくなりました。
意識の奥深くに眠っていた記憶が夢でよみがえると、不思議な気持ちになりますよね。夢の謎解きに興味があるならば夢日記をつけるのもひとつの方法ですよ。
コツはスケジュール帳に記録すること。現実の出来事と夢がどうリンクしているか、わかりやすいのでおすすめです。
「この映画を見た後、あの人のことを思い出したからこんな夢を見たのか」などと記憶と記憶の結びつきが見えてくるかもしれません。リンクしやすいのは1、2日前の出来事ですが、興味深いことに6、7日前の出来事も影響していることが多いです。
夢を探り、記憶をたどることは自分を深く知ることでもあります。夢という豊かな空間に、ぜひ目を向けてみていただきたいですね。
◇まつだ・えいこ 東洋大学社会学部社会心理学科教授。お茶の水女子大学文教育学部卒業、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程単位取得満期退学。博士(人文科学)。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学、健康心理学。産業カウンセリングとスクールカウンセリングを臨床のフィールドとしている公認心理師、臨床心理士。「今すぐ眠りたくなる夢の話」(ワニブックスPLUS新書)、「はじめての明晰夢」(朝日出版社)、「夢を読み解く心理学」(ディスカヴァー携書)など著書多数。
特記のない写真はゲッティ
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西川敦子
フリーライター
にしかわ・あつこ 1967年生まれ。鎌倉市出身。上智大学外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年から執筆活動。雑誌、ウエブ媒体などで、働き方や人事・組織の問題、経営学などをテーマに取材を続ける。著書に「ワーキングうつ」「みんなでひとり暮らし 大人のためのシェアハウス案内」(ダイヤモンド社)など。