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毎日新聞2024/7/9 06:00(最終更新 7/9 06:00)有料記事1436文字
中国電力島根原発の3号機=松江市で2023年11月14日、本社ヘリから西村剛撮影
原発は「安い」――。国が原子力を推進するうえでの根拠となっていた原発の経済性とは矛盾する資金支援策が動き出した。安全対策などで原発のコストが膨らんだためで、政府は「新設」の原発に限っていた支援の対象を「既設」にまで広げる方針だ。いつの間に原発は「高い」電源となったのか。その負担は誰が負うのか。
原発が落札したオークション
今年4月、電力会社にとって「画期的」なオークションの結果が公表された。落札したのは、中国電力の島根原発3号機(島根県松江市)。中川賢剛社長は5月に東京都内で行った記者会見で「(オークション)制度を活用することにより収益の安定化、ひいては原子力の安定稼働、二酸化炭素(CO2)削減に寄与し、長い目で見れば企業価値向上に資する」と意義を語った。電気事業連合会の林欣吾会長(中部電力社長)も「非常に有意義で、画期的な制度だ」と高く評価する。
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長期脱炭素電源オークション
島根原発が落札したのは、今年1月に初の入札が実施された「長期脱炭素電源オークション」。新規投資する事業者の中から脱炭素に資する電源をオークションで選び、落札すると20年間にわたって固定費などの支援を受け取ることができる。オークションを運営するのは電力会社が加盟する電力広域的運営推進機関(広域機関)。電気事業法に基づいて設立された団体で、落札事業者に対する支援は加盟社の拠出金を原資にする。
島根原発3号機は2011年の東京電力福島第1原発事故の前までに建設工事がほぼ完了したが、事故後に規制基準が厳しくなったことで規制委員会の審査が続く。30年度までの運転開始を目指しており、新設の原発としては原発事故以降、全国初の稼働となる可能性が高い。
オークションの狙いは、長期的に安定した収入を見込めるようにして、投資のハードルを下げることにある。今回、支援の対象となったのは、太陽光などの再生可能エネルギーや原発の新設・リプレース(建て替え)のほか、既設の火力発電からCO2を排出させないための改修費用。島根原発以外の落札案件の多くは蓄電池だった。
しかし、政府は次回2回目のオークションから既設の原発も対象に加える方針だ。だが、専門家からはこんな声が上がる。
「資金支援をするなら、まず『原発は安い』という旗を降ろすべきでは」
岸田政権の焦り
既設の原発をオークションの支援対象に加える議論が飛び込んできたのは、GX(グリーントランスフォーメーション)を掲げる岸田文雄首相が原発回帰の姿勢を鮮明にした後だ。
GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で発言する岸田文雄首相(中央)=首相官邸で2024年5月13日午後、平田明浩撮影
原発支援は賛否が分かれるため、安倍晋三政権以降の原発支援策の検討は手詰まり状態が続いた。だが、岸田政権ではGX基本方針で原発を「最大限活用する」としたうえで、昨年5月には原子力基本法を改正。国が「事業環境を整備する」ことを明確にした。
「国が前面に立つ」「あらゆる対応をとっていく」。こうした首相の強い発言も渡りに船となり、オークションに既設原発を加える検討が政府内で加速した。
岸田首相は22年8月、それまでに再稼働していた10基に加え、新たに7基の原発を23年夏以降に再稼働させ、全国で17基の原発が稼働する環境を目指す方針を表明。しかし、6月1日現在で稼働している原発は12基にとどまる。
「なんとしても再稼働を進めないといけないという焦りがあった」。政府関係者はこう語り、電力各社の悩みの種である新規制基準に合格させるための投資もオークションの対象に加える方向で検討を進めている。【高田奈実】