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毎日新聞2024/7/18 07:00(最終更新 7/18 07:00)有料記事1909文字
細胞折り紙。平面上に並べたプレートの上で培養した細胞の引っ張る力で、球体や立方体の細胞群を作ることができる
海外にも愛好家が多い日本発祥の「折り紙」。古くからの遊びだが、コンパクトに折りたため、頑丈な構造も作れるため、モノ作りや医療に役立てようとする研究が進んでいる。伝統から生まれた斬新な発想を、日本独自の強みへと変えられるか。
折りたたみ構造を医療に応用
「折りたたんで構造を変えることでさまざまな可能性につながる。それが『折り紙』の魅力です」。北海道大の繁富(旧姓・栗林)香織准教授は「バイオ折り紙エンジニア」を自称し、折り紙の医療応用を目指している。
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繁富さんは学生時代、小さく運んで宇宙で大きく展開する太陽光パネルを研究していたことがきっかけで、折りたたみ構造を研究対象にするようになった。医療に使えるのではないかと考え、まず開発に取り組んだのは新しいステントグラフト(人工血管)だ。
動脈瘤(りゅう)などで狭くなった血管を内側から広げて補強するステントグラフトは、体内に入れる時に細くし、患部で広げる必要がある。これに折り紙の技術を生かせないか。繁富さんは実際に紙を折りながら3カ月ほど試行錯誤を重ね、ある日「なまこ折り」と呼ばれる折り方がひらめいた。
折り紙技術を活用して開発したステントグラフト
なまこ折りは球形や円筒形だが、折りたたむと直径が小さくなるのが特徴だ。この構造を元にさらに改善を重ね、体温程度の温度で展開する形状記憶合金を開発。新たなステントグラフトの実用化に向けて、ベンチャー企業も立ち上げた。
「体内に入れる物なので、もっと自然に近い素材はないか」。ある夜、顕微鏡をのぞきながら細胞をつついていた繁富さんは、細胞が伸縮することに気がついた。この性質を利用しようと、サイコロの展開図のような薄い樹脂製のプレートをつくり、その上で細胞を培養した。刺激を与えた細胞が縮むと、それに引っ張られてプレートも持ち上がり、立方体が組み上がった。細胞を折って立体をつくる「細胞折り紙」の完成だ。
細胞折り紙。平面上に並べたプレートの上で培養した細胞の引っ張る力で、球体や立方体の細胞群を作ることができる
プレートの形を工夫すれば、正十二面体や円筒形など、さまざまな立体を作ることができることも分かった。がん腫瘍を三次元で再現して抗がん剤の効き目を確かめたり、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などと組み合わせて立体的な臓器の作製につなげたりできる可能性もあるという。
細胞を立体にする方法は他にもあるが、内部が空洞の構造(中空構造)を作ることは難しい。球体を作って受精卵にすることで、不妊治療に生かせないかとも構想している。繁富さんは「伝統的な折り紙の技術が、見方を変えることで全く新しいものにつながる。将来にはさまざまな可能性が広がっています」と語る。
日本独自の強みにできるか
「折り紙の歴史は、和紙の製法が日本で確立した奈良・平安時代にさかのぼります」と解説するのは、明治大研究特別教授の萩原一郎さん。「折り紙工学」という新しい分野の第一人者だ。
萩原さんによると、日本では薄くて強い和紙を作る製法が確立したことで、紙を折って包み紙などとして使われるようになった。江戸時代になると庶民も和紙を使うようになり、折り紙が文化として醸成されていったという。
ただ、折り紙の応用は欧米に先を越されたと萩原さんは指摘する。念頭にあるのは、段ボールにも使われている「ハニカム構造」だ。蜂の巣のように六角形が集まった構造で、戦時中に英国人が日本の七夕飾りを見て考案したとされる。この構造は、強度が高い一方で軽量化が可能で、航空機や建造物、カメラなどに幅広く使われ、大きな市場規模になっている。
折り紙3Dプリンター
萩原さんはこれまで、折り紙の特性を生かして衝撃をスムーズに吸収できる車の部品や、コンパクトに潰せるペットボトルなど、さまざまな物を開発、試作品を製作してきた。ベビー用紙オムツの型紙を作って尿の漏れにくいオムツの開発に成功、ユニ・チャームの商品にも生かされている。
しかし、折り紙を生かした構造は、現時点では簡単に製品化につなげることが難しいという。そこで、開発を急いでいるのが「折り紙3Dプリンター」だ。三次元で目的の構造をスキャンし、型紙にすることまではできており、今は自動で折るロボットの開発が大詰めを迎えている。「大量に同じ構造を作れることが重要になる」と萩原さんは話す。
萩原さんは23年にベンチャー企業を設立した。第1弾として売り出したいものは、折りたためるヘルメットだという。将来の目標は、英国に先んじられたハニカム構造よりも優れた構造を提案し、世界の市場に躍り出ることだ。
「日本の文化である折り紙だが、応用では世界に先を行かれてしまった。だが日本の伝統であるものづくりの力と合わせれば、世界で戦える産業を生み出せるはずだ」と萩原さんは力を込める。【松本光樹】