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毎日新聞2024/8/10 10:00(最終更新 8/10 10:00)有料記事2104文字
スイス連邦工科大チューリヒ校名誉教授の大村纂さん=本人提供
地球温暖化を象徴する現場として、氷河の一部が崩れ落ちる場面などがしばしばメディアに登場する。見た目のインパクトは大きいが、日本に住んでいるとその影響はひとごとに思えてしまう。
スイス連邦工科大チューリヒ校名誉教授の大村纂(あつむ)さん(82)は長年、気候と氷河の関係などを研究し、氷河融解がもたらす問題について警鐘を鳴らしてきた。陸上の氷の融解が加速している現実を目の当たりにし、大村さんは訴える。「日本人ももう知らないふりはできない」
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氷河の縮小・消失は住民の死活問題
――温暖化に伴い、氷河の融解が加速していると報告されています。氷河が縮小するとどんな影響があるのでしょうか。
スイスアルプスの「ローヌ氷河」を調査する北海道大の学生ら=杉山慎・北海道大教授提供
◆氷河は地球で最も大きな真水の貯蔵庫で、貴重な水源です。私が住むスイスでは、夏の間に氷が解けて流れ出る水を農業用水や飲料水の他、水力発電などに活用します。
私はスイスアルプスの氷河の一つ「ローヌ氷河」で長年観測を続けてきました。この氷河がある地域は年間降水量が500ミリにも満たないのですが、冬に降る雪と氷河の融解水に頼って人々が暮らし、ブドウの産地としても知られています。住民にとって融解水は必要不可欠な資源なのです。
氷河が縮小、消滅すると水不足になり、特産のワインも造れなくなるでしょう。人命や経済に直結する、正に死活問題です。地上で起きているさまざまな現象の中でも、氷河には最も早く、かつ明瞭に地球温暖化の影響が表れています。
海面上昇、最悪の事態想定を
――地球規模ではどんな影響があるのでしょうか。
◆氷河の融解は海面上昇に直接影響します。これは科学的に証明されていることです。氷河がある高緯度地域だけでなく、熱帯地域も含め、世界全体に影響が及びます。
すぐ解けないだろうと言われてきた極域の巨大な氷河や氷床も、融解が進んでいます。20世紀の100年間で、世界の平均海面水位は17センチ上昇したと言われています。上昇のスピードは加速しており、温室効果ガスの大量排出が続けば、今世紀の終わりには1900年比1メートル程度高くなるという予測もあります。
沿岸部かさ上げのための埋め立て作業の様子=ツバル首都フナフティで2023年7月22日午前9時33分、石山絵歩撮影
予測に幅があることや不確実性の問題を指摘する研究者もいますが、もはや最悪の事態を想定して「将来どうやって生存していくか」と真剣に考えなくてはならない時代なのです。
当面の気温上昇は避けられず
――氷河の融解を止めることはできないのでしょうか。
◆氷河の縮小を止めるには、温暖化そのものを止めるしかありません。しかし残念ながら、当面は気温上昇を阻止できないくらい事態は悪化しています。今から二酸化炭素(CO2)排出量を減らしても氷河の後退・消失は回避できないというシミュレーション結果もあります。アルプスでは氷河の面積が70~80%も減少する事態は避けられないでしょう。
――2023年の世界の平均気温は観測史上最高となり、「地球沸騰化の時代」とも言われるようになりました。
地球温暖化の影響で、スイスアルプスの多くの氷河が消失の危機にあるという=スイス・グリンデルワルトで2024年4月18日、田中韻撮影
◆暑さは命に関わる問題ですが、同時に温暖化に伴って海などからの蒸発が加速され、雨の降り方も極端になります。今までになかったような豪雨の頻度が増え、一方では気温上昇で乾燥地域は一層乾燥します。今までの統計からは予測できないような極端な気象現象が起こりえるのです。こうした変化を前提とした被害軽減策を今から進めなければなりません。
「もう知らないふりはできない」
――被害を拡大させないために、私たちは何をすべきでしょうか。
◆日本も含むすべての国の政府と国民一人一人が、どれだけ強い覚悟を持って温室効果ガス排出削減を加速させるかにかかっています。
気候変動の最大の問題は、加害者と被害者が別の世界で生きていることです。加害者は温室効果ガスを大量に排出している今の時代の人々、先進国に住む人々であるのに対し、より深刻な被害を受けるのは将来世代の人々、ほとんど排出していない途上国の人々です。
先進国に住んで大量排出を続けている我々世代はまだなんとか生きられるので、真剣に削減に取り組んできませんでした。でも、世界のすべての人が本気になって対策に取り組まないと、次の世代を見殺しにすることになります。日本人ももう知らないふりはできないのです。
各国が確実に排出を削減させる政策を導入することは当然ですが、個人レベルでもできることはあります。CO2排出量の少ないエネルギーや交通手段を選ぶことなどです。これだけ大きく変化した気候の前でこうした個人の対策は無力に見えますが、地球に住む一人一人が取り組めば大きな力になります。何もしなければ、事態は悪化するだけなのです。【聞き手・田中韻】
大村纂(おおむら・あつむ)
1942年生まれ。東京大理学部卒。カナダ・マギル大を経て、70年研究拠点をスイスに移す。83年スイス連邦工科大教授。日本の国立極地研究所顧問なども務める。専門は気候学。