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毎日新聞2024/8/12 15:00(最終更新 8/12 15:00)有料記事2359文字
福岡市動物園に到着したアジアゾウ=福岡市中央区で2024年7月30日午後3時7分、吉田航太撮影
動物園からゾウがいなくなる――。業界では近年、こうした声がささやかれています。私たちが長年親しんできた動物園でいま、何が起きているのでしょうか。「動物園の顔」ともいえるゾウを通じて解き明かします。8月12日は「世界ゾウの日」です。
姉妹都市協定が契機
姉妹都市締結式で協定書にサインをした後、握手を交わすマウンマウンソー・ヤンゴン市長(左から2人目)と高島宗一郎福岡市長(同3人目)
「ゾウは、ほしいか?」。2017年11月、ミャンマーで開催された同国最大都市ヤンゴン市との姉妹都市協定締結1周年を祝う夕食会。福岡市の高島宗一郎市長はヤンゴン市のマウンマウンソー市長(当時)に尋ねられた。その2カ月前には、福岡市動物園の人気者「はな子」が推定46歳で死に、1953年の開園以来初めてゾウ不在となっていた。市民から新たなゾウを求める声が耳に入っていた高島市長は即答した。「もちろん、ほしい」
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福岡市で18年8月に開催された「アジア太平洋都市サミット」で両市長が会談した際には、マウンマウンソー市長が、ゾウ提供についてミャンマー政府に働きかけるなど強い支援を約束。話はトントン拍子に進み、19年12月に福岡市とミャンマーが動物交流に関する覚書を締結し、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定するアジアゾウの繁殖を目的とした4頭の受け入れが決まった。そのゾウが7月、福岡市動物園にやってきた。
「姉妹都市を結んだ直後でタイミングが良かった。そうでなければ、ゾウ導入は難しかったかもしれない」。福岡市動物園の川越浩平園長(55)は7年ぶりのゾウのいる景色を喜ぶ。
輸入を断念する動物園も
アジアゾウ4頭を載せて北九州空港に降り立つミャンマーからの貨物専用機=北九州市小倉南区で2024年7月30日午前7時15分、上入来尚撮影
ゾウの輸入は簡単ではない。絶滅の恐れがある野生動植物を保護するため、商業目的の国際取引を規制する「ワシントン条約」が1975年に発効し同年にアジアゾウ、90年にはアフリカゾウの国際取引が禁止された。70、80年代はサファリパークが一度に10頭規模でアフリカゾウを導入したこともあったが、そうした取引はぱたりとやんだ。
その後もワシントン条約の対象ではない飼育下のゾウが多いアジアゾウは、研究や繁殖目的の輸入が続いた。だが、それも厳しくなっているのが現状だ。
静岡市立日本平動物園は飼っていたゾウが高齢化し、前市長が19年の市長選で「新たなゾウを迎え入れる」と公約。原産国のタイと交渉を続けてきたが、不調に終わり断念した。
ゾウは群れで暮らすため、繁殖には最低でも4頭を導入する必要がある。だが、交渉開始後にタイで輸出反対運動が高まり、ゾウの輸出は1機関年間2頭までとする法律が制定されて、ハードルが一気に上がった。
北九州空港で貨物専用機から慎重に降ろされるアジアゾウの輸送用のおり=北九州市小倉南区で2024年7月30日午前7時38分、上入来尚撮影
タイの他にもゾウの輸出実績が多いミャンマーの関係者にも接触したが、福岡市が先に交渉していたため「すぐには出せない」との回答を受けた。その後、21年のクーデターで国軍が政権を奪ってからは、連絡すらつかなくなったという。
園ではかつて複数のゾウを飼育していたが、22年に雌のアジアゾウ「シャンティ」が53歳で死に、現在は推定58歳の雌の「ダンボ」1頭のみ。今後は国内で繁殖した個体の受け入れを目指すが、繁殖事例は少なく、見通しは立たない。竹下秀人園長(58)は「動物愛護団体の反対の声が高まり、東南アジアからの移動は年々難しくなっている。業界ではゾウの輸入は5~10年かかると言われていたが、そんなものではなかった」と苦労を語る。
国際情勢にも神経をとがらせる必要がある。希少動物の取引が政治カードとしても利用されるなか、相手国の政情や、動物が快適に暮らせる環境をつくる「動物福祉」への取り組み状況によっては、国際的な批判に発展する可能性もある。
ミャンマーからアジアゾウ4頭が到着した翌7月31日に福岡市動物園で記者会見を開く高島宗一郎市長=福岡市中央区で2024年7月31日午前8時36分、竹林静撮影
福岡市が覚書を交わしたのは軍政移行前で、取引に金銭のやりとりはないが、在日ミャンマー人が「『日本は軍政を支持している』と誤った宣伝に使われる可能性がある」と受け入れ延期を求める一幕もあった。高島市長は「外務省と連絡を取りながら進めたが、葛藤もあった」と振り返る。
受け入れ費用も重荷に
ゾウを受け入れることが決まっても、今度は施設整備費や維持費が重くのしかかる。動物福祉の対応が迫られ、広い運動場や設備の整ったゾウ舎は欠かせない。福岡市は施設整備に約19億円を投じたほか、餌代だけでも年間2300万円が必要だ。運営主体に財政的な余裕がなければ、とてもではないが対応できない。
国内の動物園のゾウ飼育頭数の推移と野生下のゾウの推定生息頭数
18年にやはりミャンマーから4頭を受け入れた円山動物園を運営する札幌市は、12年に市民1万人を対象にアンケートを実施。ゾウを飼うことに賛成の市民は48%で反対の26%を上回り、導入を後押しした。回答した市民の半数超が「子どもたちに驚きと感動を与え意義がある」とする一方、約3割は「費用がかかりすぎる」と懸念を示した。
減る動物園のゾウ
導入の制約が増すなか、国内のゾウの飼育頭数は減っており、日本動物園水族館協会(JAZA)によると、アジアゾウ、アフリカゾウを合わせた飼育頭数は23年末現在で104頭と、30年前から25頭減少した。JAZA顧問の成島悦雄さん(75)は警鐘を鳴らす。「国内の個体の多くは高齢化しているが、国外から連れて来られる時代ではない。各地の動物園が協力して飼育、繁殖に力を入れていく必要があり、手を打たなければ10~20年後にゾウがいる動物園は激減するだろう」