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今年もはや2カ月が過ぎようとしています。読者のみなさんも、仕事にエンジンがかかってきたところではないでしょうか。ところで、仕事中に頭が急にボーッとすることありませんか。気持ちの上ではやらなければとあせっても、どうにも頭が働かない。「もしかして、うつでは……」と心配する方も少なくないでしょう。働き方改革が進んできているとはいえ、現代人は緊張を強いられる仕事に拘束される時間がまだまだ長いと思います。パソコンやスマートフォンといったデジタルデバイスを頻繁に使うことで、大量の情報が脳に流れ込み、負荷をかけているとも言えます。そこで今回は、患者さんの事例を通じて、「脳疲労」とその対処法についてお話ししたいと思います。
脳疲労とは?
まずは、私が最近になって経験した2人の患者さんの実例をご紹介したいと思います。
1人目は埼玉県に住む50代前半の男性会社員。小売業の会社で管理職をしています。
男性は毎朝、午前7時に家を出て、満員電車に立ったまま揺られながら、1時間半かけて通勤しています。会社に到着し、一息ついてから上役らとの会議に。午後も打ち合わせや現場を回るなど何かと忙しく、1時間ほど残業をして会社を出るのが午後6時半くらい。家にはだいたい午後8時ごろ到着するそうです。
男性は「とくに午前の会議が終わった後、頭がポワ~ンとして、まるで仕事をやる気が出ません。倦怠(けんたい)感も強いです。これって、うつでしょうか?」と困った様子で訴えてきます。
そこでは私はこう即答しました。「これは『脳疲労』です」――。
脳疲労とは、脳が過度に働くことによって引き起こされる状態をいい、精神的な疲れやストレスを感じさせます。集中力や注意力の低下にもつながります。
その主な原因として、私は四つあると考えています。
①脳の使いすぎ
仕事などを長時間にわたり集中して行うと、脳に負荷がかかりすぎて疲労感をもたらします。最近では、パソコンやスマホなどから大量の情報が脳に入りすい環境になっているため、脳に過大な負荷をかけているといえます。
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②栄養不足
脳は、オメガ3脂肪酸やビタミン、アミノ酸など、ある特定の栄養素を必要としていて、不足すると脳の機能低下を招き、疲労を感じやすくなります。また、栄養のバランスが悪い食事は血糖値を急激に変動させ、脳疲労を引き起こす可能性があるため要注意です。
③薬による影響
抗うつ薬や抗不安薬などの薬は神経伝達物質のバランスに影響を与え、疲労感をもたらします。また、糖尿病や高血圧などの薬は直接的な影響こそ一般的ではないものの、間接的に影響を及ぼし、集中力を低下させたり、疲労感をもたらしたりします。
④精神的な影響
精神的なストレスや不安は脳に大きな負荷をかけます。交感神経が優位に働き、脳を過剰に働かせます。
男性の場合、午前中から上役との会議があって、かなり頭を使っている状態だと考えられます。男性は肥満体形のため、奥さんが朝から食事に気をつけていますが、朝食はシリアルにミルク、サラダ、卵焼き。朝1時間半かかかる通勤に必要なカロリーに比べ、不足しているかと思われます。さらに、男性は糖尿病で高血圧、脂質代謝異常といくつも生活習慣病を抱えていたため、朝から治療薬を飲んでいるそうです。それらの薬効が表れるピークはだいたいお昼前くらいでしょう。そして精神面でのストレスは、毎日の混雑した電車通勤や、管理職という仕事の性質上、男性の脳に大きな負荷をかけていたと推察されます。
以上のことから男性は、脳疲労を起こす四つの要因のいずれにも当てはまると考えられました。
自律神経の乱れも
このように、四つの要因すべてに関係している人もいれば、そうでない人もいます。もう1人ご紹介する患者さんがそれです。
横浜市に住む30代後半女性で、不動産関係の管理職です。朝の午前7時までには家を出て、東京都港区の会社に車で1時間くらいかけて毎日通勤しています。午前8時半から打ち合わせに入り、午前10時に開店。接客をして、お昼過ぎから現場を見て回ります。夕方には会社に戻り、報告書を作成。午後6時くらいに会社を出て、帰宅の途につく――というのがだいたいの1日の流れです。
さきほどの男性とは違って、車で通勤しているので、それほど肉体的に疲労感はないはずです。体形もとてもスリム。容姿にものすごく気を使っていて、栄養学も独学して、食事の栄養バランスにはとても気をつけていました。朝もきちんと食べています。生活習慣病とも無縁で、もちろん治療薬も服用していませんでした。
それでも、彼女は「頭がボーッとして働かない。うつではないでしょうか?」と相談に訪れました。そこで、脳波と自律神経の機能を測る検査をしてみました。すると、脳波は異常がなかったのですが、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスに明らかな乱れがみられたのです。
交感神経と副交感神経のバランスが乱れると、脳疲労を引き起こす可能性があることが知られています。
ストレスや緊張した状態が続くと、交感神経が過剰に働きます。これによって、心拍数が増え、血圧が上昇し、呼吸が速くなります。交感神経は「逃げるか戦うか」と呼ばれる反応に深く関係していて、この状態が長く続くと脳は常に緊張した状態に置かれるため、脳疲労を起こしやすいのです。
一方、副交感神経は体をリラックスさせ、疲労から回復させてくれますが、ストレスが大きいと十分に機能しません。すると脳がリラックスする時間が足りず、結果として脳疲労が蓄積することになります。
彼女はとてもまじめで、ものすごくきっちりやるきちょうめんな性格でした。朝の会議の資料作りから、接客の準備、現場回りおけるスケジュール管理など、すべてをきっちりこなしていました。手帳を見せてもらったのですが、予定がぎっしり書き込まれていました。こうした彼女の性格のため、普段から心身ともに大きなストレスがかかり、仕事の時は常に緊張状態にあったのではないかと考えられます。
リラックスして、休憩、質のいい睡眠を
あまりに脳疲労が蓄積し、適切に対処しないと、うつ病を発症するリスクが増える可能性があります。脳疲労は集中力や意欲を低下させ、日常生活や仕事に支障を来すことがあります。これが続くと、自己評価が低くなり無力感を感じやすくなるため、うつ病を発症するリスクが高まるのです。
では、どうしたらいいのでしょうか。やはり、仕事と家庭生活の調和、ワークライフバランスをうまくとることです。そのためにも、職場の理解が重要となります。特定の個人に仕事の負荷がかかりすぎない職場環境をつくることが大事です。脳疲労がたまると仕事の生産性は低下します。その意味でも、職場を挙げて取り組むべき問題かと思います。
個人でいえば、まずはリラックスすることが大切です。交感神経が過剰に働くのを抑え、副交感神経がきちんと働くようになるからです。脳が回復しやすくもなります。ストレスホルモンの分泌が抑えられ、感情も安定し、精神的な疲労感の軽減が見込めます。深呼吸や瞑想(めいそう)、休みの時に趣味に没頭するなど、自分にあったリラックスする方法を取り入れてみてください。
また、仕事や勉強の合間に5~10分でもいいので休憩をちょくちょく取りましょう。質のいい睡眠をしっかり確保してみてください。オメガ3脂肪酸やビタミンなど、栄養バランスの取れた食事にも気をつけましょう
今の時代、パソコンやスマホを通じて大量の情報が脳に入りやすくなっています。デジタルデバイスは使う時間を決めて、なるべく使用時間を減らし、脳への負担を減らしましょう。ぜひ、デジタルデトックスを実践してみてください。
写真はゲッティ
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工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。