|
毎日新聞2024/9/26 08:00(最終更新 9/26 08:00)有料記事2322文字
CLBO結晶のレプリカ=2024年8月29日、池田知広撮影
あまり広くは知られていないが、今や最先端半導体の製造に世界で欠かせない存在となった、人工の結晶がある。発見したのは大阪大の研究者で、強力な紫外線レーザーを出すことができ、小さな異常を見つける検査装置に使われている。ノーベル物理学賞受賞者の天野浩さんも絶賛する、その「型破り」な研究とは――。
材料を混ぜてみたらできた結晶
「それはもう、『運の塊』みたいなできごとだったんです。奇跡だと思います」
1993年9月、当時助手だった大阪大の森勇介教授らは、後に大化けする新材料を作り出した。「CLBO結晶」と呼ばれ、2010年ごろ以降、世界で大きなシェアを占める複数企業の半導体検査装置に使われており、市場規模は年間数千億円にも上る。
Advertisement
もともと半導体の研究をしていた森さんだったが、93年4月、意図せずレーザーの研究室に配属された。求められたのは、光を紫外線に変換できる結晶だ。紫外線は波長が短いので微細な加工に応用できて、産業界の需要がある。ただ波長が短いレーザーを発生させるのは難しく、当時は有毒ガスを用いて品質の悪いレーザーを作る方法しかなかった。
発見のきっかけは、大学4年の女子学生から卒論の相談を受けたことだった。レーザーの分野では、結晶の性質は材料固有のもので、基本的には変えられないというのが常識だった。しかし森さんは、何かしら卒論ぐらいは書ける結果が出るだろうと、二つの材料を混ぜて結晶を作ってみることにした。「絶対、新材料なんて見つかるわけないけど、一回チャレンジするか」という気持ちだったという。
CLBO結晶とは
しかし、材料の粉を混ぜて焼き固め、X線で測定すると、データベースに載っていない物質だと分かった。さらに結晶を作って構造や光の屈折率を確認したところ、求めていた新材料だと判明したのだ。「ほんまか? 短い波長が出るやんか!」と驚き、すぐに特許を取得した。
森さんはやみくもに二つの材料を混ぜたのではなかった。使ったのはリチウムホウ素化合物LBO(LiB3O5)と、セシウムとホウ素の化合物CBO(CsB3O5)。各元素の原子数がそれぞれ1、3、5とそろっているため、「うまく混ざるのでは」と考えたのだという。
微細化した半導体の検査で活躍
「レーザーに詳しければ『混ざるはずない』と思ったはず。でも僕はそれまで半導体を研究していてよく知らなかったので、数字だけ見て『混ざる』と思った。半導体の分野では、物質の性質を材料を混ぜて変える『混晶』という発想があるんです」と言う。
一方、水と反応しやすいセシウムを含むため、CLBOはすぐに割れたり曇ったりする問題があった。そこで森さんは結晶を成長させる際に、溶液に流れを作る「溶液攪拌(かくはん)法」を考案、高品質化にも成功した。自分がお風呂に入ってお湯をかき混ぜている時に、「結晶もかき混ぜたら気持ちいいのでは」と思いついたのだという。結晶を成長させる際に溶液をプロペラでかき混ぜるもので、誰もやったことがない方法だった。
05年には半導体製造装置大手の米KLAから「会いたい」とメールがあり、検査装置への実装が進んでいった。CLBOによる紫外線レーザーは基本的に、光源から発せられる波長1064ナノメートル(nm)の赤外線レーザーをLBO結晶で532nmのグリーンレーザーに変換、CLBOで266nmに変換することで得られる。
結晶による波長変換
このCLBOが重宝されるのは、半導体の性能向上と深く関係しているからだ。機器の頭脳となる半導体は、基本的な構成要素となるトランジスタの集積度を上げることで性能を上げてきた。米インテルを創業したゴードン・ムーア氏は65年、「半導体のトランジスタ数は、18カ月(後に2年に修正)ごとに2倍になる」と予測。実際にほぼその通りとなり「ムーアの法則」として知られるようになった。
ただ、この法則はいつまでも続かないと考えられていた。森さんは言う。「ムーアの法則は、15年に止まるんじゃないかと、みんな言っていたんです。そしたら16年ごろに産業革命が起こった」。それが、極めて短い波長の紫外線を照射し、基板に回路パターンを作り出す「EUV露光」だ。波長が短いので、回路線幅が数nmの半導体を作れるようになった。
ここまで微細な世界では、ごみが付いていないか、間違いなく製造できているか、検査の過程でも紫外線を当てて反射させ、確かめる必要がある。ただ、EUV露光はプラズマを発生させる複雑な手法で、露光機は1台数百億円もする。そこで、EUVほど短い波長ではないが、より安定的に紫外線レーザーを出せるCLBOが、半導体製造における前工程の検査で欠かせなくなっているのだ。
実は「理にかなった」発想
森さんは「混ぜたら誰でも発見できたけど、誰もやらへんかっただけですから」と謙遜するが、14年に青色発光ダイオード(LED)の研究でノーベル物理学賞を受賞した天野・名古屋大卓越教授は「森先生のすごさは、“理にかなった型破り”と言えます」と評する。
森さんと天野さんは、パワー半導体に使う窒化ガリウム結晶の高品質化を目指して共同研究中だ。天野さんは「LBOとCBOを混ぜて混晶にする発想は、光学結晶の方々からは出てこなかったと思いますし、融液を攪拌するという発想もそれまでの結晶成長研究者からは出てこなかったと思います」と説明する。
CLBOは検査だけでなく、配線のために微細な穴を開ける後工程でも使えるとして研究が進められている。森さんはさらなる高品質化を目指しており、「同じCLBOでも、『新材料』と言えるくらい品質のいいものを作りたい」と意気込んでいる。【池田知広】