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毎日新聞2024/8/20 東京夕刊有料記事924文字
テシ・リッゾーリさんの『イタリア女子が沼ったジワる日本語』の表紙には、彼女が面白いと感じた日本語表現が……=小国綾子撮影。
言葉が好きだ。日本語にない外国語表現と出合うのも、その逆も好き。英語のことわざ「ラクダの背骨を折る最後のわら」から転じた「the last straw(限界を超えるきっかけ)」という表現を知った時は、光景を想像し、ドキドキした。逆に、外国人が日本語の「木漏れ日」や「積ん読」を面白がるのには驚かされた。
私は最近ポーランド語を勉強し始めたのだけど、これが難しい。主格、対格など格が七つもあり、いちいち格変化する。さすがにお手上げ、とあきらめかけていた。
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そんな時に読んだのが「イタリア女子が沼ったジワる日本語」。語学好きで6カ国語を操る27歳のイタリア人女性、テシ・リッゾーリさんが日本語への思いを日本語でつづったエッセーだ。
彼女は日本を旅し、言葉を集めて回る。例えば「ドタキャン」。「ドタ」は土壇場。原義は江戸時代の「首斬りの刑を行う場所」。一方「キャン」は英語のキャンセル。<江戸時代の言葉に英語を合体させて、それをさらに縮めた言葉にするって、なんだか想像を超えてくる感じ>とテシさんは書く。
高校時代、日本人留学生から教わった俳句の切れ字がきっかけで、日本語に興味を持ったそうだ。英ケンブリッジ大日本学科在学中、日本に1年間留学。卒業後も再来日し、日本のことなどをユーチューブなどで発信中だ。
テシさんの考察はとても新鮮。日本人の彼氏ができると「テシが好き」と「テシのことが好き」はどう違うのかと考え込む。「~のこと」がつくと丸ごとその人のありようを指し、「好き」の次元が上がるのかも……と。そんなこと私、気にしたこともなかった!
しかもテシさんは文法上の「変化」を味わい、むしろ面白がる。「おいしい」の過去形はなぜ「おいしいでした」ではなく「おいしかったです」なのか。多くの言語では形容詞は変化せず、動詞が過去形になるだけなのに、と。<形容詞自体が過去形になることで、その感情や体験がより強烈に、鮮やかに伝わってくる。まるで色彩豊かな絵画のように>と書き、<日本の繊細な美意識>は言語の仕組みからも来ているのでは、などと考察するのだ。頭が下がる。
「変化」を味わう、かあ。私もポーランド語、もう少し頑張ってみるかな。(オピニオン編集部)