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毎日新聞2024/11/4 06:01(最終更新 11/4 06:01)有料記事3155文字
「脱炭素クレジット」過熱
エアロゾルをまいて地球を冷やす――。そんな夢のような構想を掲げる米企業。効果は定かでなく、何が起きるかすら分からないにもかかわらず、日本からも投資が相次ぐ。背景にあるのは、気候変動への危機感の高まりだ。なぜ投資するのか。複数の人物が、毎日新聞の取材に応じた。
同時公開の記事があります。
◇「微粒子まいて地球冷やす」米企業に日本から投資 世界では批判
※『神への挑戦 第3部』まもなく連載スタート。テーマは気候変動。気温上昇にあらがう科学技術がもたらすのは…。地球沸騰の時代をどう生き抜くべきか考えます。
第1回 地球沸騰 雲で冷やせるか(11月7日6時公開予定)
「少人数で大きなことを考えてやるのは、技術の世界にも共通する部分があり、スタートアップの取り組みとして面白い。勢いに感銘を受け、関わってみたいと思った」
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こう語るのは、東京都在住の技術系コンサルティング会社社長、三浦謙太郎さん(50)だ。
三浦さんは、成層圏に気球で二酸化硫黄(SO2)をまく事業に取り組む米ベンチャー「メーク・サンセッツ」が独自に販売する「冷却クレジット」を購入した。
もともと気候変動への関心は高くなかった。だが、メ社を取り上げた海外の記事を読み「ぶっ飛んだ考えの人がいるな」と興味を持った。
二酸化硫黄(SO2)を打ち上げる気球の準備をするメーク・サンセッツ共同創設者のアンドリュー・ソング氏(左)ら=メーク・サンセッツ提供
メ社の共同創設者アンドリュー・ソング氏(38)のX(ツイッター)アカウントをフォローした。ごくわずかな社員で事業に取り組んでいることなどの投稿を読むうちに「純粋に気候変動のことを本気で考えてやっている。突拍子もないことをしているわけではない」と感じた。
活動に感銘を受け、今年4月に2クレジットを20ドル、8月に追加で3クレジットを30ドルで買った。
メ社が散布したSO2は73キロと、まだ小規模だ。三浦さんは「今日、明日にこれで地球が危険にさらされるわけではない。チャレンジに対して『危ないからやめろ』と言うべきではない」と強調。「うまくいくかどうかは早い段階では分からない。今は草の根の活動で、共感者を増やすフェーズ。見守っていきたい」のだという。
「民主的なやり方」主張
ただ、成層圏にまかれたエアロゾルは、たとえ少量であってもどんな影響を及ぼすかはよく分かっていない。メ社の実験には批判もある。
三浦さんは「批判は理解できる」とした上で、こう話す。「正論としては、二酸化炭素(CO2)を減らして地球温暖化を防ぐのがいいし、化石燃料を減らす努力は必要だ。しかしうまくいくかは分からない。批判するのは簡単だが、こうした手を打つことも必要なのではないか」
横浜市に住む米国人の個人研究者、クリスマン・ルーミスさん(54)は5月から毎月、50ドル分のメ社のクレジットを購入している。
米南部フロリダ州で、ハリケーンの影響で屋根が吹き飛んだドーム球場「トロピカーナ・フィールド」=2024年10月10日、AP
「日本にいても暑くて影響が出ている。米カリフォルニアもハリケーンや森林火災が起きていてつらい」と現状を深刻に捉える。
「(脱炭素化の)技術が確立されるまで時間を稼ぐには、SO2を成層圏に入れ、温暖化の影響が出ないようにすべきだ」と話した。
2人とも、クレジットの購入はメ社を支援するためで、購入したクレジットを何かに利用するという説明はしなかった。
ソング氏はクレジットについて「批判的な意見もあるが、人々にお金で投資してもらうという意味で、大変民主的なやり方だと思っている」と語る。
散布したSO2は1~3年かけて拡散し、地球全体に影響が出るという。赤道近くの6~12カ所から打ち上げるのが「科学的には理想だ」という。
「規模が大きくなってきたら米国以外の国でも行いたい。日本の南部は十分候補地に入る」と述べ、各国に実施の理解を求め、クレジットでの投資を広げたいとしている。
脱炭素クレジットが波及
温室効果ガスの削減分をお金で取引する仕組みには「カーボンクレジット」がある。国が認証するもの、民間が主導するものなどさまざまで、世界に広がっている。
カーボンクレジットの仕組み
起源は、京都議定書で規定されたクリーン開発メカニズム(CDM)にさかのぼる。先進国と途上国が共同で、再生可能エネルギーの導入や高効率の発電所建設などの削減事業を途上国で実施すると、その削減分を先進国と途上国で分け合えるというものだ。温室効果ガスの削減が遅れていた途上国に、技術移転が進む後押しとなった。
その後、民間にもクレジットが広まった。温室効果ガスを多く排出する企業への規制が強まったためだ。企業の社会的責任(CSR)の向上にもつながり、環境への投資が加速した。
おもに大口の排出企業などが、再生エネの導入や植林など自らの努力で削減した排出枠を他者に販売したり、排出量の上限を超えてしまった分を他者から購入して相殺したりする。
経済産業省がまとめた資料によると、世界の2023年の主な民間クレジットの発行量は約250メガトンCO2で、17年(約100メガトンCO2)の2・5倍になった。
東京証券取引所=東京都中央区で、加藤美穂子撮影
日本でも23年10月に東京証券取引所が市場を開設し、クレジットの売買が正式に始まった。24年10月10日現在で297者が参加し、9月末までの累計売買高は51万トンCO2に上る。
では、実際に削減できたかどうか、どのように認証するのだろうか。
CDMや、日本政府が認証する「J―クレジット」など、政府や国際機関が関与するものは、厳格に削減効果などを計算している。
企業やNGOなどの民間主導で発行するクレジットは、それぞれが独自に認証機関などを設けて信頼性を担保している。
ただし、きちんとした認証を経ずに発行しているケースもあるとみられる。投資熱に便乗するかのように、削減効果がはっきりしないまま「クレジット」をうたうケースもある。
削減効果に疑問符
メ社の冷却クレジットは本当に削減効果があるのか。
メ社は、火山噴火が地球を冷やす点に着想を得たとしている。過去の巨大噴火で、大量の噴出物がまかれてエアロゾルを生成し、太陽光を遮って一時的に気温を下げることは、これまでの研究でも明らかにされている。
ピナツボ火山の噴煙をクラーク空軍基地の東側から撮影=1991年6月12日、米地質調査所提供(デーブ・ハーロウ撮影)
有名なのは、20世紀で最大だったフィリピン・ピナツボ火山の噴火(1991年)だ。噴出物が数年にわたって成層圏に残り、地表に達する太陽光が最大5%(推計)減り、地球全体の平均気温が0・4度下がった。
日本では93年に冷夏となって記録的なコメの不作を招き、政府がタイなどからコメを緊急輸入する「平成の米騒動」が起きた。
ただし、この噴火で放出されたエアロゾルは約2000万トンという膨大な量だ。メ社がまいた量ははるかに及ばない。SO2は大気汚染物質で、オゾン層の破壊にもつながるなどとして、たとえ少量であっても散布自体をタブー視する声も多く、詳細な研究データもない。
メ社は冷却クレジットについて、第三者の認証を受けていない。カーボンクレジットとしては使えない可能性が高い。
杉山昌広・東京大教授(環境政策学)は、メ社の社員に気候科学者がいないことや、科学的アドバイスをする外部委員会がないことを挙げ「論文を引用して科学を装っているが、非科学的な行為で、全く褒められるものではない。現時点で地球を冷やす効果はほぼないとみられ、科学的な実験という意義もない」と強調する。
独自のクレジットを販売して資金を集めていることについては「近年活況となっているカーボンクレジットに便乗し、新しい概念として思いついたのだろう。過去にもクレジット市場では、根拠が薄い怪しいものが売り出されるという問題を繰り返してきた歴史がある」と指摘した。【信田真由美、渡辺諒】↵
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人類を含めた地球上の生命にとって、気候変動は最大の危機だ。果たして対処できるのか。連載「神への挑戦」第3部では、地球沸騰時代を生き抜くすべを問う。