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毎日新聞2024/11/7 06:01(最終更新 11/7 06:01)有料記事3420文字
気候科学者の江守正多さん=茨城県つくば市で2024年1月10日、渡部直樹撮影
気候変動問題は、いまや人類が直面する最大の危機の一つとされる。この分野の研究を長年けん引し、市民への発信も続ける気候科学者で東京大教授の江守正多さんは「気候変動を起こしている人間は、地球の歴史上、とんでもないことをしている」と訴える。【聞き手・渡辺諒】
同時公開の記事があります。
◇沸騰する地球を大量の船舶が冷やす? 後戻りできない「禁断の手法」
※『神への挑戦 第3部』連載スタート。テーマは気候変動。気温上昇にあらがう科学技術がもたらすのは…。地球沸騰の時代をどう生き抜くべきか考えます。
第2回 豪雨を制御せよ(11日6時公開)
――今、我々はどのような地球環境に暮らしているのでしょうか。
◆端的に言えば、過去10万年で一番暑い地球の上に我々は生きています。1万年前くらいに間氷期が始まり、それ以来環境は安定していました。ところが、200年前から産業革命によって化石燃料を使うようになり、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスを多量に排出してきました。その結果、現在までに地球の平均気温を1・3度ほど上昇させてしまいました。
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この1・3度は、日々の気温変化を考えると、小さく感じるかもしれません。ところが、平均気温が、これほど短期間で上昇するのは異常なのです。
例えば、2万年前に極大だった氷期と、1万年前以降の間氷期では、平均気温の差は6度でした。6度違えば、カナダや北欧でもグリーンランドのように氷に覆われ、海面は今より130メートルも低い世界です。氷期が終わって、間氷期に移行する際には、数千年をかけて6度上昇しながら環境が少しずつ変化しました。
ですから人間が、たかだか200年で1・3度も上昇させ、気候変動を起こしているということは、地球の歴史上、とんでもないことをしていると言えるのです。
――将来はどうなるでしょうか。
◆温室効果ガスの排出を、2050年までに実質排出ゼロにしようとしていますが、まだ減り始めていません。毎年40ギガトン程度のCO2を出し続ける状況は当面続くと考えられます。一方で、世界の目標は、上昇を1・5度に抑えることです。これから20、30年で排出量を実質ゼロにする劇的な対策を成功させない限り、残念ながら目標の達成は厳しいと言わざるを得ないでしょう。
気候科学者の江守正多さん=茨城県つくば市で2022年9月28日、長谷川直亮撮影
その影響は、極端な高温をもたらす熱波や、大気中の水蒸気の増加に伴う豪雨、発達した台風、乾燥地域では蒸発が増えることに伴う干ばつ、森林火災などが既に起きていて、温暖化が進めば被害がさらに拡大します。
1・5度目標は、脆弱(ぜいじゃく)な地域に暮らす人たちを守るために合意されました。仮に1・5度を超えてしまったとしても、しょうがないという雰囲気になってはいけませんし、一刻も早い脱炭素化の努力を続けることを放棄してはいけません。
――地域によっては、既に後戻りできないほどの影響が出そうだという話を聞きます。
◆不可逆的に悪影響が進み始める時点を「ティッピングポイント」と呼んでいます。まだティッピングポイントは超えていないと見ています。ですが、1・5度を超える状況になれば、グリーンランドと西南極の氷床の崩壊、永久凍土の広範な融解、熱帯のサンゴの白化・死滅などが不可逆的に進む可能性が高くなると22年の論文で指摘されました。今のペースでは、10年程度でその1・5度に達する恐れがあります。とにかく、0・1度でも低く抑える努力が欠かせません。
――仮に50年に排出量が実質ゼロになっても、人間が増やした分の大気中のCO2はなくなりません。温室効果が自然の状態に戻るにはどのくらいの時間がかかるでしょうか。
◆積極的に大気から人間がCO2を取り除くことをどれくらいのスピードでやるか次第でしょう。CO2排出実質ゼロを達成するだけでは、海や生態系など自然の吸収量に頼るだけなので、大気中の濃度が下がっても、産業革命前には戻りません。
2300年までをシミュレーションした結果では、実質ゼロにした時点をピークにして平均気温は下がり始めますが、産業革命前に比べ、0・5~1・5度上昇の間くらいで止まると試算されています。
気候科学者の江守正多さん=茨城県つくば市で2022年9月28日、長谷川直亮撮影
――人為的にCO2を回収したり、太陽光を遮ったりする気候工学が登場しています。
◆現時点で、太陽光の放射改変は、だんだんと現実味を帯びているのかもしれませんが、個人的にあまり期待していません。本当に実施してよいのかという議論が国際的に行われ、「やりましょう」という結論になるという想像がつきません。一方で、技術的には可能ですから、合意なしにどこかがやってしまうリスクがあることも事実です。
脱炭素化を真面目にやる前提で、それでも1・5度を超えてしまった分だけに対して部分的に実施するという考え方もあるでしょう。ただし、そんなに都合よく使えるのだろうかと疑問です。太陽放射改変で気温をコントロールし始めたら、それに依存してしまって止められなくなるかもしれません。
――CO2の回収、貯留はどうですか。
◆国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)がまとめているリポートで、1・5度を達成するには、CO2を人為的に回収することが基本的な前提になっています。一部は一般的な技術として認められるようになってきています。
気候科学者の江守正多さん=茨城県つくば市で2024年1月10日、渡部直樹撮影
温室効果ガスの排出実質ゼロの社会を目指す上では、農業から排出されるメタンなど、ゼロにできない部分があります。それを相殺するためにも、CO2の回収技術は必要で、過去に排出した分まで回収して貯留することが必要になります。
私としては、例えばCO2を回収して地下深くに埋める「CCS」は、認めざるを得ない技術だと思います。ただし、当面は日本でやることが必須であるとは思えません。将来を見越し、技術を持つ必要はあるでしょう。しかし日本の国土では適地が少なく、周辺海域では、適地を探すこと自体にコストがかかるという問題があります。他国に持っていくのも、お金で解決という面で全面的に賛成とは言いづらいです。余分にコストとエネルギーを使って埋めるくらいなら、まずは排出削減を徹底すべきでしょう。
特に、将来回収すればいいから今は排出してもよいという議論になるのは避けるべきです。私は、10~20ギガトンものCO2を人為的に回収するという世界は、将来であってもそもそも想像できません。今のエネルギー産業と同じような規模で回収産業が稼働する必要がありますが、回収産業は何ら商品を生み出しません。そんな地球環境のためだけに行う巨大産業に誰が投資してどう投資回収するのか。おそらく公的な事業としてしか成り立たないでしょう。
――市民ができることを教えてください。
◆日本人全体とすると、まだまだ温暖化について、ぼんやりとしか伝わっていない印象です。夏が暑くなっているという報道に触れて心配する人が増えており、それが地球規模で起きていて、人間活動が主な原因であるくらいまではわかっている人も多いと思います。しかし、人間が協力すれば止められるし、世界では止めようとしているのだと、しかも止めなければもっとひどくなると、そこまで明確に理解している人は少なそうです。特に止められると思っている人は少ないと感じます。
とはいえ、大多数の人が温暖化に関心を持ち、生活の中で努力して対策するということは起きないと思います。そういう経路で考えることは、もうやめた方がいいです。強い関心を持った人がリードして経済や技術、ルールを変えるトップダウンの変化が必要でしょう。
例えば、たばこのルールが変わり、受動喫煙の防止が進められ、吸える場所が大きく減りました。市民は、受動喫煙のリスクなどを医学的にしっかり理解しているわけではないと思いますが、新しい常識に従っています。
同じように、CO2を出さないのが当たり前になったので、意識せずとも出していないというのが理想だと思います。そうした世界に向かうときに、強い関心がない人も、総論で賛成してくれる程度には温暖化問題について基本的な理解を持っていてほしいと思います。
えもり・せいた
1970年神奈川県生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。国立環境研究所室長などを経て、2022年から現職。専門は気候科学。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」がまとめる報告書の主執筆者。