「ギャング集団」がんの正体を暴くフォロー
「免疫力アップでがんは治る」は間違いだった? 最新研究が明かす、がん細胞の驚きの逃亡戦略
大須賀覚・がん研究者/アラバマ大学バーミンハム校助教授
2025年2月23日
がんを予防したり、治したりするために、食事などに気をつけて免疫力をアップしようと取り組んでいる方がいるかもしれません。確かに体内の免疫細胞はがん細胞を取り除く働きをしているため、免疫細胞が強くなれば、がん細胞はたたかれ、死滅するイメージがあるでしょう。しかし実際は、そんなシンプルな関係ではないことが近年の研究で明らかになってきました。免疫とがんの意外な関係について解説します。
免疫細胞が弱まっただけで、がんになるわけではない
体の中にある免疫細胞は、体外から入った細菌やウイルスなどを倒して、私たちを守ってくれています。体内にできたがん細胞はもちろん、おかしな細胞を取り除く働きもしており、まさに「体内警察」といえる存在です。
そのせいか、インターネットや書籍には「〇〇を食べたら」「〇〇をしたら」免疫力が上がって、がんを倒せる、がんが治るーーという話があふれ返っています。確かに免疫細胞が弱体化した結果、がん細胞が発生する場合もありますが、実際は「免疫低下→がん」という単純な関係ではありません。
その証拠に、がん患者さんの免疫細胞を調べると、決して機能しなくなっているわけではないことが分かります。一般にウイルスや細菌に感染しても、そうした異物を駆逐する能力は持っています。
では、なぜ、がんは発生できたのでしょうか? ここで、がん細胞を「ギャング」、免疫細胞を「警察」にたとえて考えてみましょう。
警察が弱体化すると、ギャングはのさばりやすくなります。しかし警察が弱体化しただけでギャングがのさばるかというと、そうではありません。ギャングの方にも、警察の取り締まりから逃れるさらなる能力が求められます。
ギャング(がん細胞)は長い年月をかけて集団化する過程で警察(免疫細胞)と繰り返し闘い、取り締まりを避ける方法をいくつも獲得することで、最終的に巨大組織を作ることが分かっています。
では、ギャングが警察から逃れる方法には、どんなものがあるのでしょう。これまでのおさらいも含めて、まとめてみます。
方法① 警察に「免疫チェックポイント分子」という賄賂を渡す
一つ目は、警察に賄賂を渡して見逃してもらう方法です。
がん細胞は免疫細胞からの攻撃をかわすために「免疫チェックポイント分子」というものを出しています。これががん細胞の表面に出ていると、免疫細胞は攻撃できなくなる。まさに警察に取り締まりをやめてもらうための賄賂と言えます。しかも賄賂は一つではなく、複数の賄賂を組み合わせていることも分かっています。
関連記事
<抗がん剤より副作用が少ない理由とは? ギャングの資金源を断つ分子標的薬の実力>
<脱毛に吐き気…“誤認逮捕”が生む抗がん剤の副作用 それでも治療の要にする目的とは?>
<ボスが暗躍、賄賂を渡して攻撃をかわす…「悪の才能」を暴いて進められる最新のがん治療>
<「魔法の食品」はあるのか? 激アツのまま食べていいの? 「死亡リスクの低い体重」とは? がん予防にまつわるウソと真実>
<"最大の敵"は「加齢」でも…できるだけ、がんにならないためにはどうすればよいのか? 最新の科学的根拠が示す具体的な予防法>
このメカニズムを利用したのが「免疫チェックポイント阻害剤」と言われる薬。オプジーボやヤーボイなどは警察の賄賂を遮断して、積極的にギャングの逮捕を後押しすることで効果を出す薬となっています。
方法② 「ブレーキ免疫細胞」を悪用し警察を味方に引き込む
前述した通り、免疫細胞には、がん細胞をたたいたり攻撃したりする働きはありますが、一方でがん細胞を助ける働きを持つものもあります。こう言うと意外に思う方がいるかもしれませんが、免疫細胞には異物を攻撃する免疫細胞と、逆に攻撃を抑制する免疫細胞が混在しています。攻撃タイプだけだと歯止めがきかなくなり、免疫の働きが過激になりすぎて問題を起こしてしまうからです。このようにアクセルとブレーキの両方でバランスを取っているのが免疫システムになります。
がん細胞は、まさにこの「ブレーキ免疫細胞」を悪用しています。がん細胞は特殊な分泌物を周囲に出していて、この分泌物が「ブレーキ免疫細胞」を呼び込んだり、よりブレーキを強くしたりするのです。その結果、がん細胞の集団である腫瘍の周囲にはブレーキをかける免疫細胞がたくさん集まってきて活発化し、アクセルを踏む免疫細胞を機能不全にさせてしまいます。ギャングが警察内部の人間を懐柔して味方に引き込み、内部から邪魔をして、助けてもらっているような状況になるのです。
方法③ バリケードで警察を近づけない
加えてがん細胞は、免疫細胞が周囲に近づくことを物理的に防ぐ方法も利用しています。がん細胞は細胞外基質と言われる構造物を周囲に作ることで、アクセルタイプ、ブレーキタイプを問わず免疫細胞が容易に入ってこないようにしているのです。また、がんの腫瘍の周りの血液や酸素の流れを乱れさせることでも、免疫細胞の侵入や活動を防いでいます。
ギャングがアジトの周囲にバリケードを作り、警察の侵入を容易に許さない様子を想像してください。がん細胞が本当にずる賢い奴らであることが、改めてご理解いただけると思います。
方法④ 一般人に紛れ込み、警察の目をくらます
警察がギャングを取り締まろうとする時、片っ端から目星をつけるわけではなく「ギャングらしい特徴」を参考にするはずです。同様に免疫細胞も、がん細胞を攻撃する際は「がん細胞らしい特徴」を目印にします。これまでにも説明した通り、もともとがん細胞は正常細胞の遺伝子に傷がつくこと(正常細胞に遺伝子変異が入ること)で生まれるものなので、似た者同士ではあるのですが、それでも免疫細胞は、がん細胞に多少なりとも残る「正常細胞とは異なる特徴」を必死に見つけ出し、がん細胞を攻撃しています。
ただ厄介なのは、がん細胞の一つ一つが、すべて同じ特徴を持っているわけではないこと。ギャング集団で言えば、全員が龍の入れ墨をしているわけではなく、入れ墨をせずに何食わぬ顔をして一般人の中に紛れ込んでいるメンバーもいます。そのため免疫細胞が「龍の入れ墨」を目印にがん細胞を攻撃したところで、たたけるのはほんの一部にすぎないことになります。
つまり免疫細胞がどんなに頑張ったところで、たたききれないがん細胞が残ってしまう。警察が手を尽くしても、すべてのギャングを逮捕しきれず撲滅できないことに似ています。
このようにがん細胞は、警察の目もくらませ、しぶとく生き延びているのです。
生活習慣の改善だけで免疫力はアップしない
前述した通り、がんと免疫の関係は単純ではなく、「警察が弱体化したからギャングが暴れ回っている」という構図で説明しきれるものではありません。高齢者の場合は、加齢による免疫細胞機能の低下が、がんの発生に関係していることもあるのですが、実際には「低下」以上に、がん細胞の方がずる賢い手段を駆使しているものです。
とすれば、特定の食べ物を取り続けるとか生活習慣を変えるという方法で免疫力をアップしたつもりでいても、がんは撲滅できないことがご理解いただけるかと思います。そもそも免疫システムは単純な生活習慣によって大きく変わるものではありません。
それほど複雑ならば、がん細胞を倒すのは無理ではないかと思われた方もいるかもしれません。しかし人類は長い歴史の中で、これらのメカニズムを調べ上げ、有効な治療を生み出すことに成功してきました。次回は、その成功例である現代のがん免疫療法について解説します。
写真はゲッティ
<医療プレミア・トップページはこちら>
関連記事
筑波大学医学専門学群卒。卒業後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面し、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。Twitterアカウントは @SatoruO (フォロワー4万5千人)。