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毎日新聞2024/11/9 07:00(最終更新 11/9 07:00)有料記事2911文字
米大統領選の開票観戦イベントで笑顔を見せるトランプ前大統領=米南部フロリダ州で2024年11月6日、AP
米国で共和党のトランプ前大統領の返り咲きが決まり、バイデン政権が推し進めた連邦レベルでの気候変動政策は一変する。選挙戦で掲げた公約の一部は、2025年1月の就任初日から大統領令を通じて実行に移し始めることになる。「第2次トランプ政権」は米国内外の脱炭素の取り組みに何をもたらすのか。
「我々は世界のどの国よりも多くの『金の液体』を持っている。サウジアラビアよりも、ロシアよりも多い」。トランプ氏は6日未明の勝利演説で、インフレ対策として化石燃料の掘削を支援する姿勢を改めて強調した。
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石油掘削機=米南部オクラホマ州スティルウォーター郊外で2017年5月28日、國枝すみれ撮影
トランプ氏は選挙戦で「掘って、掘って、掘りまくれ」をスローガンに掲げ、石油・ガスのさらなる増産を通してエネルギー価格の大幅引き下げを実現すると主張してきた。米国の石油・天然ガス生産量は足元でも過去最高水準にある。
就任後ただちにパイプラインの承認や連邦所有地での掘削許可などを簡素化する手続きを進め、生産拡大を後押しするとみられる。バイデン政権は今年1月から気候変動に与える影響を分析するためとして、液化天然ガス(LNG)の新たな輸出許可を一時凍結しているが、トランプ氏はこの措置も撤廃する意向だ。
米国の原油生産量
脱炭素社会の象徴である電気自動車(EV)も標的となる。
「政権の発足初日、ばかげたEV義務化は廃止する。グリーン詐欺は終わりだ」。トランプ氏は選挙中の演説でそう繰り返してきた。
米国の天然ガス生産量
実際には、米国にEV義務化の政策は存在しない。トランプ氏が指すのは、「30年までに新車の販売台数の50%以上をEVを含むゼロエミッション車とする」というバイデン政権の目標と、それを達成するための自動車の排出ガス基準とみられる。
トランプ氏は、バイデン政権が22年に成立させたインフレ抑制法(IRA)に盛り込まれたEV購入者に対する税優遇の見直しも主張する。実現すれば、米EV市場の成長鈍化の傾向をさらに下押しする要因となりそうだ。
トランプ氏の選挙戦を支えたEV大手テスラの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク氏の存在も鍵になる。マスク氏はEV推進の恩恵を受ける立場でありながら、あらゆる政府補助金への反対を公言してきた。米メディアには、条件付きのEV減税が縮小すれば、テスラが競争上優位に立つとの見方がある。
米史上最大の気候変動対策をうたうIRAは、EV以外にも広範な脱炭素技術の製造や導入を、税控除などを通じて後押ししてきた。ただ、IRAに絡んだ投資や新規雇用は共和党が優勢の地域に偏在している実態があり、全面的な廃止には党内にも抵抗感が強い。トランプ氏を支持する石油・ガス業界からも、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)技術への支援の継続を求める声が上がっている。
環境シンクタンク「世界資源研究所」(WRI)で米国担当のディレクターを務めるダン・ラショフ氏は「トランプ氏であってもこの4年で急速に加速したクリーンエネルギーへの移行に終止符を打つことはできないだろう。手厚い優遇措置を撤廃しようとすれば、超党派の反対に直面することになる」と指摘する。
パリ協定再離脱と「もう一つの米国」
外交面では、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱が見込まれる。30年までに温室効果ガスの排出量を50~52%削減(05年比)し、50年までに排出実質ゼロを目指すパリ協定に沿った現状の国内目標も、ほごにするとみられる。
国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で、「パリ協定」採択を祝うファビウス議長(前列右から3人目)ら=パリ郊外で2015年12月12日(同条約事務局提供)
トランプ氏は、パリ協定は米国に雇用喪失や産業力低下をもたらし、中国などに有利になるとの主張を崩していない。最初に大統領に就任した17年に離脱を表明し、途上国の気候変動対策を支援する国連の基金への拠出も停止した。
米メディアによると、今回トランプ氏の周辺は、将来のパリ協定復帰を妨げるため母体である国連の気候変動枠組み条約からの脱退を模索しているとされる。条約再加盟には議会の承認が必要で、政権交代が起きた場合でも復帰のハードルは上がる。温暖化交渉における米国不在の長期化も現実味を帯びる。
米国の気候変動政策に詳しい電力中央研究所の上野貴弘上席研究員は「他の国が追随して抜けることまでは想定されないが、米国の将来の復帰に対して不確実性が残っていると求心力が失われて国際協調にも影を落とす可能性がある。米国は(排出量1位の)中国と対峙(たいじ)してきた面もあり、その重しが抜けてしまう影響は大きい」と話す。
国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)の開催地に設置された看板=アゼルバイジャンのバクーで2024年10月31日、ロイター
11日には、旧ソ連のアゼルバイジャンで気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)が開幕する。途上国の地球温暖化対策のための資金調達が最重要議題で、中国や中東の産油国など資金力のある新興国を資金のドナー(出し手)側に引き込めるかも争点の一つとなっている。COP29には現在のバイデン政権の代表団が参加するが、日本政府の交渉関係者は「米国が会議をリードできなくなり、資金を巡る交渉でドナーに新興国を巻き込むのは容易ではないだろう」と話す。
第1次トランプ政権時には、米国内の州・地方政府や企業が再生可能エネルギーの導入推進などの取り組みを独自に加速させた。パリ協定に沿った気候対策の継続を誓約する「ウィー・アー・スティル・イン」(我々はまだパリ協定にとどまっている)と銘打ったキャンペーンが始まり、リベラル勢力の強いカリフォルニア、ニューヨーク両州のほか、アップルやグーグルなどの大企業が参加。GDP(国内総生産)規模で米国全体の半分弱に相当する組織が加わり、気候変動対策をめぐる「二つの米国」が顕在化した。
このキャンペーンはその後、30年までに排出量50%以上削減を目指す「アメリカ・イズ・オール・イン」(アメリカは全力を尽くす)という連合体に発展し、現在は州政府や企業など5000以上の組織が参加する。COP29でも大々的なイベントを予定しており、政権交代後も脱炭素をけん引する「もう一つの米国」を世界にアピールするとみられる。
パリ協定採択時の条約事務局長、クリスティアナ・フィゲレス氏は「米大統領選の結果は世界の気候変動対策にとって大きな打撃となるだろう。しかし、パリ協定の目標達成のために進んでいる変化を止めることはできない」とコメントした。
日本の気候変動政策も米国の影響を受けてきた。菅義偉政権は21年4月、従来の温室効果ガス排出削減目標を大幅に上方修正し、「30年度までに13年度比で46%減」という新目標を決定した。直前に発足したばかりのバイデン政権から目標強化を迫られた「外圧」の結果だった。
日本政府は現在、35年以降を期限とする新しい目標の議論を進めている。仮に第2次トランプ政権の間に削減のペースを鈍化させるような目標を策定したとしても、将来米国が気候変動対策を推進する政権になれば、その政策に影響を受ける可能性は高い。
環境省幹部の一人は「他国の状況で目標が何度も揺れてしまうと企業の設備投資などのタイミングが難しくなってしまう。『50年までに排出実質ゼロ』という大きな旗を立ててしまったので、今の日本にはもう横を向いている暇はない」と話す。【八田浩輔(ニューヨーク)、山口智】