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毎日新聞2024/11/11 07:00(最終更新 11/11 07:00)有料記事1407文字
インタビューに答える澤芳樹教授=大阪市天王寺区で2024年10月15日、村田貴司撮影
2025年大阪・関西万博(4月13日~10月13日)の開幕まで、14日で150日。目玉展示の一つとされているのが、ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から作った「iPS心臓」だ。開発を手がけた澤芳樹・大阪大特任教授が、万博のテーマにかけて伝えたいことを語った。
まるで「クリオネ」のよう
2025年大阪・関西万博では、「iPS心臓」と「心筋シート」を展示します。心筋シートはすでに治験を実施しています。心臓の筋肉に血液が行き渡らず心機能が低下する「虚血性心疾患」の患者さん8人に移植して、多くの方が元気に社会復帰されました。
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iPS心臓はシートを立体にしたものですが、鼓動を打つまでになりました。心臓の構造を再現したものではなく機能は持ち合わせていませんが、心房と心室が協調するように動いています。今は直径3センチほどで、万博の展示までには、もう少し大きくしたいと思っています。
iPS細胞で作製した心臓=クオリプス提供
このiPS心臓、けなげで、まるで「流氷の天使」と呼ばれるクリオネ(ハダカカメガイ)のようです。治療に使えるようにするにはまだまだ時間がかかるので、これを見て安心はしないでほしい。でも、心筋細胞のパワー、エネルギーと共に、命の息吹を感じてもらえるのではないでしょうか。「命って大事だな」と思ってもらえるのが一番です。そこから「治療に使えるまで発展させるぞ」と思う子が出てきてくれたらうれしいですね。
レガシーにしたい「死生観」
今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。しかし今、命は輝いているでしょうか。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃、国内では高齢者を狙った強盗……。国のエゴ、人のエゴがぶつかり合った結果、人が殺されたり、命を落としたりしています。
新型コロナウイルスのパンデミック(爆発的流行)では、世界中の人々が死を意識し、力を合わせました。命の大切さをかみしめたはずなのに、今の状況はどう考えてもおかしい。
公開されたiPS心臓(右)と拍動するiPS心筋シート=大阪府吹田市の大阪大で2024年9月30日、滝川大貴撮影
心臓手術ではスタッフが時として10人も20人も参加しますが、そうまでしても助けられない命もあります。たった一人の命を助けたと思っても、その傍らで、戦争や殺人でどんどん命が失われていく。命を救う仕事をしていると、「なぜ簡単に人を殺すのか」と腹立たしく、またむなしく感じます。
根底には、死生観の喪失があると思います。生の裏返しは死。本当はいつ死んでもおかしくない。だから今日が大切だし、健康が大切、町が大切、地球が大切だと思う。でも今を生きる人たちは、死を日常の中で忘れていないでしょうか。
私は疑問を感じて14年、命の大切さと未来について考え、行動するプロジェクトを立ち上げました。そのシンポジウムで「大阪万博に『命を大切に』という表現を」と話していたら、学生たちが共感し、当時の松井一郎・大阪府知事にも提言してくれました。
1970年の大阪万博の時は中学生でした。動く歩道や電気自動車を目の当たりにして「未来を見た」と思いました。ところが科学技術が進化した今、人は退化したようにも見えます。25年の万博は、人の命を大事にし、死生観を持つことをレガシーにしたいと考えています。【聞き手・菅沼舞】
澤芳樹・大阪大特任教授(大阪警察病院長)=大阪市天王寺区で2024年10月15日、村田貴司撮影
さわ・よしき
1955年大阪市生まれ、80年大阪大医学部卒。専門は心臓血管外科学。阪大医学部長などを経て現在は大阪警察病院長などを務める。阪大名誉教授。