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毎日新聞2024/11/11 06:00(最終更新 11/11 06:00)有料記事3127文字
気象を操り豪雨を制御せよ
都市部で増え続けるゲリラ豪雨が起きる手がかりを探す実験があると聞き、京都大防災研究所(京都府宇治市)を記者が訪ねた。その要因は、都市自体にあるという。
全長50メートルの巨大な風洞の中に、高層ビルや住宅、街路樹などを模した市街地の模型がある。これが実験装置だ。
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第3回 炭素リサイクル(14日5時20分公開)
直径3メートルの送風機でシャボン玉を送り込むと、細かい粒子になり、波のようにふるまう。緑色のレーザー光を当てると、その様子がくっきり見えた。
「これは都市の空気の流れを可視化する装置です」。西嶋一欽教授(建築風工学)が説明する。
模型の上空は一定の速度で粒子が流れているが、地表近くでは、模型にぶつかって粒子の流れや速さが乱れる。ビルの模型はアルミ製で、太陽に熱せられたように、60~70度に加熱している。粒子がビルにぶつかると、渦を巻くように急上昇した。
京都大防災研究所の風洞実験装置で、風の流れを確認するためシャボン玉を飛ばし、レーザー光で観測する=京都府宇治市で2024年10月22日午前10時21分、長澤凜太郎撮影
この乱れが、ゲリラ豪雨の一因だというのだ。
この装置でメカニズムを研究する山口弘誠准教授(水文気象学)が、仕組みを解説してくれた。
ゲリラ豪雨をもたらす積乱雲は、上昇流に伴ってどんどん大きくなる。最初の上昇流はごく小さな渦がきっかけとなる。これがゲリラ豪雨の種だ。
高層ビルなどに風がぶつかると、上空とビルの境界などで風速差ができ、渦が生じる。種はこうして生まれることがわかってきた。西嶋さんの装置は、まさにその過程を再現しようとしている。
最初の小さな種を狙って潰し、小さな力でゲリラ豪雨を弱められないか――。山口さんはそうにらむ。例えば、巨大な扇風機で都市に強風を送り込み、渦を散らして種を消す、などが考えられる。
小学生ら5人が亡くなった神戸市の都賀川増水事故(2008年)を起こしたゲリラ豪雨のデータをもとにシミュレーションした結果、3割弱も雨を弱められると試算できた。
インタビューに答える京都大防災研究所の山口弘誠准教授=京都府宇治市で2024年10月22日午前10時55分、長澤凜太郎撮影
山口さんは「都市のゲリラ豪雨は、人間が作り出したとも言える。ある程度元に戻せるように人間自身がケアすべきだ」と語る。
「雲の種」で制御を
「気候」が長期間の大気や海の状態を表すのに対し、日々の天気や気温、気圧など、短い期間の状態を表すのが「気象」だ。
気候変動は地球規模で起こるが、気象の変化はよりスケールが小さく、人間が操りやすい――そう考える研究者は多い。ゲリラ豪雨は、その一例だ。
近年では、前線の発達で次々に積乱雲ができる線状降水帯のような、より大規模な豪雨が問題になっている。ゲリラ豪雨よりも範囲が広く、対策が難しい。
千葉大の小槻峻司教授(気象予測学)は、細かく砕いたドライアイスを使う「雲の種」の効果に着目している。
大気中の水蒸気量に対し、ほどよい量の種があれば、大きな雨粒に成長して大量の雨を降らせる。一方、種が過剰になると、種一つ当たりの水蒸気量が減って雨粒まで成長できず、かえって雨が降りにくくなる。
つまり、まく種の多寡で豪雨を制御する、というわけだ。
陸上で線状降水帯の発生が予測される場合、まずその手前の海上で、ほどよい量のドライアイスを航空機でまく。
そして、予測地域の上空では、一転してドライアイスを過剰にまくのだ。
雲の生成コントロール
「海上で大量に降雨を起こして陸上に流れ込む水蒸気を減らし、陸上では雲を分散させ、雨が降らないようにする」。小槻さんはそう説明する。
小槻さんら千葉大と東北大のチームは、陸上の散布だけでどのような効果があるか、77人が死亡した広島土砂災害(14年)を起こした豪雨のデータでシミュレーションした。
被災地の上空7・2キロの36平方キロの範囲でドライアイスを散布した場合と、しなかった場合とを比べた。すると、最も大きな被害があった地域で、3時間の積算雨量が最大で10~16・2ミリ(5~6%に相当)減った。これは、斜面崩壊など土砂災害の低減が期待できる量だという。
気象庁は線状降水帯の発生が予測される半日ほど前に「線状降水帯予測」を出しているが、的中率は1割と精度に課題がある。だが小槻さんは「広島豪雨の被害額は415億円に上ったが、ドライアイスをまくコストは1000万円程度にすぎない。予測精度を高めることが前提だが、費用対効果は十分ある」と期待する。
無動力で海を冷やす
日本近海の海面水温が上がり、水蒸気の供給量が増えていることも、豪雨を招く要因の一つだ。そこで、海面を冷やそうとする試みもある。
東北大の円山重直名誉教授(熱流体工学)は、ポンプなどの動力を使わずに水深300メートル以下の冷たい深層水をくみ上げる実証実験を、01~12年にかけて行った。
冷たい深層水のくみ上げ
仕組みはシンプルだ。直径30センチ、長さ300メートルの筒を海に沈め、低温・低塩分濃度の海水で満たす。すると、海面に近づくほど温度が上がって軽くなり、浮力が生じて筒から水が噴き出すようになる。
いったんこの動きが始まれば、半永久的にくみ上げが続く。実証実験では、マリアナ海域で、筒1本当たり1日で約200トンの海水をくみ上げた。
円山さんは「温暖化によって海面水温が上がると、余計に海の水は混ざりにくくなることが知られている。海の水を混ぜれば、海面水温が下がるだけでなく深層の栄養分も上昇するので、豊かな漁場になるメリットがある」と話す。
ただ、くみ上げる規模によっては大きな影響が出かねないと指摘するのは、海洋温度差発電の研究をするNPO法人海ロマン21の井上興治副理事長だ。「過剰にくみ上げると深層が温まり、気候に影響するという試算もある。適度なくみ上げ量を慎重に検討する必要がある」と強調する。
予測困難な複雑系
人は古来、雨乞いなどを通じて気象を操ることを夢見てきた。果たして実現するのか。
大きな課題は、気象が「複雑系」だという点だ。非常に多くの要因がからむ物理現象を指し、完全に予測することはできないとされる。天気予報や台風の進路が完全には当たらないのも、複雑系であるゆえんだ。
わずかな変化が思わぬ規模の影響をもたらす「バタフライ効果」が起きることも知られる。「ブラジルでチョウが羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる」というたとえから、米気象学者が名付けた。たとえ局所的な操作であっても、全く場所や規模が予測できない副作用が起こる可能性がある。
研究者の見方はさまざまだ。
台風の制御を目指す横浜国立大の筆保弘徳教授(気象学)は「地球温暖化でかさ上げされた分を軽減できれば、既存のインフラでも人命や都市を守ることができる。どの程度の介入なら、副作用がないかも調べている。将来、前例のない巨大台風が来ると予測される時に、何の防御手段も持たず来るのを待つだけという状況をなくしたい」と話す。
豪雨のコントロール手法についてシミュレーションを続ける小槻峻司・千葉大教授=千葉市で2024年10月28日、渡辺諒撮影
澤田洋平・東京大准教授(水文気象学)は「気象に介入した結果が、気候変動のように将来にわたって影響が残るようなことは避けるべきだ。その時の雨だけ変える技術が必要で、もしうまくできないのであれば、研究として無理だということを示すこともある」と語る。
小槻さんはこう強調する。「災害に見舞われるリスクが高まる中で、気象のコントロールは被害を軽減する選択肢の一つになるかもしれない。そうなった場合、使うか使わないかを決めるには科学の成果だけでなく、市民の対話が必要になる。どういう対策を取りたいのか、人任せにするのではなく、市民がわが事として考えておく必要がある」