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毎日新聞2024/11/14 05:20(最終更新 11/14 05:20)有料記事3110文字
夢のカーボンリサイクル
地球温暖化をもたらす二酸化炭素(CO2)を、リサイクルして資源にする――。そんな現代の「錬金術」が実現しようとしている。
「これが合成粗油です」。巨大な化学プラントにあるコンクリート壁の一室。ガラス瓶に入った無色透明の液体と白い塊を、担当者が手に取った。
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ここは、CO2と水素から合成燃料を一貫製造する、日本初のプラントだ。石油元売り大手のENEOS(エネオス)が9月、同社の中央技術研究所(横浜市)で本格稼働させた。
同時公開の記事があります。
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第4回 CO2を固定せよ(18日6時公開)
CO2は安定しており、なかなか化学反応しない。そこで、CO2を還元して化学反応しやすい一酸化炭素(CO)にし、水素ガスと触媒下で反応させると、さまざまな大きさの分子が合成される。
二酸化炭素(CO2)などから製造した合成粗油(右の二つ)=横浜市中区のENEOS中央技術研究所で2024年9月28日午後1時2分、信田真由美撮影
分子の大きさに応じ、油やワックスのような合成粗油ができる。これを石油のように精製すると、ガソリンやジェット燃料、軽油など、さまざまな化石燃料を代替する合成燃料になる。
原料の水素ガスは水を電気分解して作る。ではCO2をどう調達するか。
9割は、化石燃料を燃やす工場の排ガスから回収したものを購入するが、残りの1割は大気中から直接回収する。そのために導入したのが、「ダイレクト・エア・キャプチャー(DAC=空気直接回収)」と呼ばれるスイス製の装置だ。
製造したスイス・クライムワークス社によると、コンテナのような箱の中にファンで空気を取り込み、特殊なフィルターでCO2を吸着する。フィルターを蒸気で加熱してCO2を分離。冷やして蒸気は水にして、CO2だけを回収する。
空気中からCO2を回収するDAC装置
現在の製造量は1日あたり1バレル(約159リットル)だが、2027年には300バレルへ拡大。30年代に商用化を目指す。エネオスホールディングスの宮田知秀社長は「暮らしを変えることなく、従来の石油製品と同じように使える。空気中のCO2を使って航空機、自動車を走らせる夢のような技術を感じてほしい」と強調した。
回収まで一気通貫
社会活動におけるCO2排出を実質ゼロにすることを「カーボンニュートラル」と呼ぶ。合成燃料を燃やせばCO2が出るが、その原料は回収したCO2だ。
エネオスは、プラントで使うすべての電力を、CO2を出さない再生可能エネルギーで賄っており「CO2の収支は差し引きゼロ」と胸を張る。
ただ、原料の大半は、化石燃料由来のCO2だ。プラントとしてはカーボンニュートラルでも、全体ではCO2の排出量は増える計算だ。
そこで、大気中のCO2を直接回収するDAC装置が重要になる。ただ、加熱、冷却の過程で多くのエネルギーを使うことがネックだ。
神戸学院大の稲垣冬彦教授(有機化学)は「使うエネルギーの総量を減らすことを考えた場合、ここが最も大切なポイントになる」と指摘。いかにエネルギーをかけずに吸着と分離ができるか、技術開発が進む。
試験管内で、物質に二酸化炭素(CO2)を吸着させている様子を確認する山添誠司・東京都立大教授=東京都八王子市で2024年10月18日、渡辺諒撮影
東京都立大の山添誠司教授(触媒化学)は、常温常圧で吸着し、常圧で60度程度に加熱すれば分離する物質の特定に成功した。実用化すれば、先行する物質も含めて、最も高効率での回収が期待できるという。
分離と回収のプロセス自体を省いてしまい、吸収から燃料生成まで一気通貫で行う研究もある。
産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の倉本浩司研究グループ長らは、450度の高温でこうした反応を起こせる触媒を21年に開発した。
触媒は、CO2を吸収するナトリウムなどのアルカリ成分と、CO2を燃料に転換するニッケルの成分を混ぜ合わせた。
細長い管の「反応器」に入れ、CO2を含む空気を流して混ぜ合わせ、水素ガスを吹きかける。すると都市ガスの原料となるメタンが合成できた。CO2の濃度にかかわらず、転換効率は約90%に上った。
翌22年には、触媒をナトリウム成分だけにしても、合成ガスの原料になる一酸化炭素が作れることも確認した。
触媒を使って常温で二酸化炭素(CO2)と水素からメタンを合成する装置=茨城県つくば市の産業技術総合研究所で2024年5月24日午前11時42分、信田真由美撮影
この技術は30年の実用化を目指しているが、触媒の機能や耐久性の向上などの課題がある。倉本さんは「お金やエネルギーに制約がなければ、技術的に不可能ではないが、ハードルは高い」という。
それでも倉本さんは「技術として使えるようにするのがミッションだ。生活する上で出てくるCO2と、これまでに出てしまったCO2の両方にアプローチする技術は必要で、そのうちの一つのテクノロジーになればいい」と語る。
水素細菌でプラ原料
CO2の回収を生物に担わせる試みもある。カギは、CO2をエサにして化学物質をつくりだす「水素細菌」だ。
水素細菌は土や海、温泉などの中に生息し、水素をエネルギー源、CO2を栄養源にして増殖し、体内で有機物を作る。他の微生物に比べてもCO2を取り込む速度や増殖速度が高いのが特徴だ。
半世紀前に既に研究が始まったが、ものづくりをするのに十分な有機物を生産するには至らず、長らく実用化できなかった。だが、生物の設計図を書き換えられるゲノム編集技術の登場で、培養速度やCO2を取り込む速度をはるかに高めることが可能になった。
インタビューに答える神戸大学の近藤昭彦教授=神戸市灘区で2024年10月1日、長澤凜太郎撮影
神戸大バイオ生産工学研究室の近藤昭彦教授はプラスチックの原料をつくる水素細菌に着目。ゲノム編集を施して培養速度を10倍にし、実用化に向けて生産効率を上げることに成功した。
近藤さんは、微生物が醸す酒の神バッカスにちなんだスタートアップ「バッカス・バイオイノベーション」を20年に設立。化学メーカーやプラントメーカーと協力し、化学メーカーが30年に兵庫県内に建設する年間1万~2万トンのプラ材料の生産能力を持つ工場の商用化を技術支援する。
近藤さんは「水素細菌によるユニークなものづくりで、CO2を使った持続可能な経済活動も実現できる、正に水素細菌はライジングスターだ」と期待する。
再エネ電力足らぬ事態も
「錬金術」は、カーボンニュートラルの世界を実現するのか。
研究開発の多くは、まだ実験室や工場レベルだ。実用化には大規模化することが必須だが、必要な電力も増える。現状では再生エネに頼らざるを得ない。
日本などでは、再生エネの導入がまだ途上だ。他と競合して、再生エネの電力が足りなくなる事態も招きかねない。全体でみれば、かえってCO2排出が増える、ということも起こりうる。
小西雅子・世界自然保護基金(WWF)ジャパン専門ディレクターは、合成燃料を自動車のガソリンとして使うことは「エネルギー効率的に考えるとものすごく非効率だ。再生エネ等の電力で直接、電気自動車を走らせる方がはるかに効率がよい」と指摘する。
さまざまな化石燃料=横浜市中区のENEOS中央技術研究所で2024年9月28日午後1時8分、信田真由美撮影
小西さんは、電動化が難しい航空機や船舶、化学産業の燃料として使うために開発をするのなら「理解できる」というが、「合成燃料は将来に向けての技術開発であるはずなのに、ガソリン車の延命のためのようにみえる」と疑問を呈する。
これまでの人間活動で、大気中のCO2濃度は、すでに産業革命前の約1・5倍(23年で420㏙)になった。排出量もほぼ右肩上がりで、22年には約368億トンと、この100年間で10倍になった。
CO2をリサイクルすると、排出量自体を減らす効果はあるが、使えばまたCO2になってしまい、すでにある量を減らすには至らない。
リサイクルだけでは、気候変動の抜本的な解決にならない――それが世界の共通認識だ。地球規模で解決する、別の方法の検討が始まっている。