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毎日新聞2024/11/17 08:30(最終更新 11/17 08:30)有料記事2321文字
人工芝のグラウンド=滋賀県米原市で2023年9月18日午後0時42分、藤田文亮撮影
石油由来の微小なプラスチックが環境中に流出し、生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されている。スポーツ施設などで使われている人工芝は微小プラの主な発生源だ。使用中の発生・流出を防ごうと、一部の自治体が対策に乗り出した。
紫外線による劣化、踏みつけで発生
緑色の微小なプラごみが両手に山盛りに――。東京都多摩市が3月にまとめた、人工芝からの微小プラ流出対策の指針に掲載された写真だ。手のひらのごみは市内のテニスコートで採取したもので「自然界に流出してしまっているプラごみのごく一部にすぎない」と書き添えられている。
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人工芝由来のマイクロプラスチック流出を防ぐための身近な対策
大きさが5ミリ以下の微小なプラスチックは「マイクロプラスチック(MP)」と呼ばれる。容器包装などのプラ製品が使用後、ごみとして川や海に流れ込み、紫外線や波の力で細かく壊れてできる。人工芝や化石燃料由来の化学繊維の衣類など、製品の使用中にもMPが発生する。
人工芝の場合、紫外線による経年劣化や、靴で踏みつけられて表面が削られることなどでMPが生じる。MPは雨水や風によって移動し、側溝、排水管を経て河川に流れ出る。環境汚染を防ぐにはMPの発生や移動を抑えることに加え、発生したものを除去、回収することが必要になる。
国内から年140㌧流出か
多摩市が指針を作るきっかけとなったのは2020年、民間団体と実施したMPの流出実態調査だった。調査した市内の河川の4カ所すべてから人工芝由来のMPが見つかったのだ。
環境ベンチャーの「ピリカ」(東京都)の調査によると、国内からのMP流出量は年140トンと推計された。国内で採取したMPの内訳(質量比)は人工芝が全体の25・3%と最も多かった。
多摩市スポーツ振興課によると、市内にある公共スポーツ施設の中では、テニスコートだけに人工芝を使っている。利用者の膝や腰への負担、雨が降った後の稼働率などを考慮して、28面のうち25面を人工芝にしたという。
同課の小泉瑞穂課長は「何もしなければMPはどんどん流出してしまう。人工芝のコートで市民に健康づくりの場を提供しながら、環境対策も進めるという両立が求められる」と語る。
競技団体がフィルター交換に協力
排水溝に設置されたフィルター。手前にある目の粗い網で落ち葉などを捕捉し、不織布のフィルターが人工芝由来のマイクロプラスチックの流出を防ぐ=東京都多摩市提供
多摩市の調査によると、設置後13年が経過した人工芝コートでは、もともと19ミリあった芝が5ミリにまで擦り減っていた。テニスコート1面から年間10キロのMPが流出していたと推計されるという。
指針ではMPの流出を防ぐため、流出経路の確認の仕方、排水溝などに設置するフィルターの選び方、人工芝の維持管理の仕方などについてまとめている。人工芝を使用している民間施設などでも活用できる内容だ。フィルターは定期的に交換しないと機能が低下するため、多摩市の場合は利用する競技団体などが交換作業に協力しているという。
MPの流出抑制策については、大阪府や公益財団法人日本スポーツ施設協会も指針を公表している。
小泉さんは「MPの問題は一自治体で解決できるわけではない。市が作った指針が全国に広がり、対策に役立ってほしい」と力を込める。
人工芝はスポーツ施設だけでなく、公園や一般家庭の庭、ベランダなどでも使われる。汚染防止にはあらゆる場面での対策が必要だ。環境省は芝が折れたり抜け落ちたりしたら、飛散する前に回収することや、取り換えることを呼びかけている。
自然界で分解、紙製の「芝」を開発
劣化してもMPが発生しない人工芝に切り替える動きもある。
「プラ製の人工芝に代わるものを」と開発されたのが紙製の人工芝だ。紙を主原料とする糸の繊維製品などを手がける「王子ファイバー」(東京都)と親会社の「国際紙パルプ商事」(同)が販売している。
原料はロープや紙幣などにも使われる「マニラ麻」だ。バナナと同じバショウ科に属する多年草で、伐採した後も残された根からまた芽が出る。
王子ファイバーなどの人工芝は、マニラ麻から作った紙を細く裁断してより合わせたものを「芝」にし、土台に打ち込んでいる。劣化して微小なくずになり、河川や海に流れ出たとしても、石油由来のMPと違って自然界で分解されやすいという。
熱がこもりにくい利点も
紙製の人工芝の上で遊ぶ親子=東京都品川区立環境学習交流施設エコルとごし提供
同社によると、紙の糸は水に強く、軽いのが特徴だ。また熱がこもりにくいという利点もある。人工的に熱を照射する実験では、プラ製の人工芝の温度が70度を超えたのに対し、紙製は55度と温度上昇を抑えられたという。
摩擦への強さはプラ製の10分の1程度で、耐久性に課題があるため、現在の製品は屋内施設での使用を想定している。同社は屋外で使える製品の開発も進めており、今年度中の発表を目指している。
品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」のキッズスペースには今年1月、この紙製人工芝が設置された。利用者からは「手触りがよくてカーペットのようだ」「つかまり立ちを始めた子どもも安心して過ごせる」などといった声が上がっているという。同施設の担当者は「海洋プラごみの現状と、問題を改善するための取り組みが社会で進んでいることを広く知ってほしい」と期待する。
汚染防止条約の議論大詰め
プラ汚染の深刻化を受け、22年に国連環境総会で汚染根絶のための条約を作ることが決まった。条約の内容は年内の取りまとめを目指しており、25日から韓国・釜山で政府間交渉委員会が開催される。
王子ファイバーの平井雅一社長は「プラ汚染の影響は、問題を作り出した人間に返ってきている。今を生きる人々や次の世代に害になるものを使わず、自然に返るものを使うことで、人を取り巻く環境はよくなるだろう。天然の素材である紙の糸が身近な存在になってほしい」と話した。【金秀蓮】