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毎日新聞2024/8/30 東京朝刊有料記事3890文字
9月に自民党の総裁選と立憲民主党の代表選が実施される。岸田文雄首相が立候補せずに退陣する総裁選は事実上、次の首相を選び、代表選はその政権をチェックする野党第1党のトップを決める戦い。「政治とカネ」の問題などを巡り、国民の政治不信が募る中でリーダーに求められることを考えた。【聞き手・岡崎大輔】
目標達成にはチーム力 中北浩爾・中央大教授
=前田梨里子撮影
政治は個人戦でなく、団体戦です。例えば、政権運営は首相だけでなく、閣僚、官邸スタッフ、党役員など、多くの人々の協力を得ながら行われます。リーダーシップとは、政治家個人が決断することではありません。チームをまとめ上げ、目標の達成に向かうことです。
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7年8カ月の憲政史上最長となった第2次安倍晋三政権は、非常に強固なチームを築きました。第1次政権は、政府と党の枢要なポストに親しい政治家を配置し、「お友達内閣」と皮肉られました。ところが、第2次政権は首相、官房長官、政務の官房副長官らによる会議を毎日開いて意思統一に努めたり、幹事長に自分と違う立場の有力議員を起用して取り込んだり、巧みな人事を行いました。
強力ゆえに、官僚の忖度(そんたく)を生み、森友・加計学園のような問題を起こしたという批判も受けました。しかし、官邸を中心に、チームとしてよく機能していたことは事実です。
岸田氏が、次の党総裁選に立候補できなかった原因の一つは、安倍政権のようなチーム力を欠いていたことです。
例えば、派閥のパーティーに関わる裏金事件に端を発した政治資金規正法の改正。実務者が必死に他党と修正協議を行っているなか、頭越しに岸田氏が妥協を決めました。官邸のチーム力が弱いため、岸田氏は案件を処理しなければならないタイミングが来るまで調整に動かず、来たら条件反射的に決断し、自ら行動する傾向がありました。これでは、党内の結束は緩み、不満が出ても当然です。
今年の春闘では33年ぶりの高水準の賃上げが行われるなど、成果も出始めていました。しかし、それ以上に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)や「政治とカネ」の問題など、政治不信を招く問題が多く起きました。土俵の徳俵に足がかかるような苦しい時に粘れるかどうかは、チーム力にかかっています。岸田氏には、それが決定的に不足していました。
自民党に対抗する立憲民主党の課題もチーム力です。政権交代を実現するためには、代表を中心とする強力なチームを構築することが第一歩です。その上で、支持団体の連合の支援を受けつつ、元々同じ政党だった国民民主党と連携し、さらに、その他の野党とも候補者調整などを行うべきです。まず中心を固め、周辺に広げていくことが大切です。逆の順番では力が出ません。
自民党と立憲民主党では、それぞれ違う課題もあります。自民党は、世代交代が求められます。2012年に政権を奪還して以来、党内の権力構造が固定化し、安倍氏、菅義偉氏、麻生太郎氏、二階俊博氏、岸田氏といったキープレーヤーが変わってきませんでした。今回の総裁選で世代交代の動きが高まりを見せているのは、そのためです。
立憲民主党の場合は、政権担当能力に対する疑念を払拭(ふっしょく)することが急務です。外交・安全保障で現実的な政策を打ち出すことはもちろん、むしろ民主党政権の経験者を中心に据え、その反省に基づいて安定した政権運営を行えることを示す必要があります。世代交代は、その次の課題だと思います。
民主党政権のメンバーが中心を占めている限り、有権者の期待が高まらないという声もあります。しかし、安倍氏は第1次政権で大きな失敗をしながら、再登板で異例の長期政権を築きました。このことを教訓にすべきです。
党首選挙では、候補者を先頭に陣営が一丸となって戦い、論争することで、チーム力と政策ビジョンが鍛えられます。多くの候補者が手を挙げ、激しい選挙戦を繰り広げることが、党に活力を生み出します。
いずれも、投票権は各党の所属国会議員や党員などに限られ、一般国民には与えられません。しかし、法律に基づいて個人献金をしたり、SNS(ネット交流サービス)で応援メッセージを送ったりと、「推し活」をすることはできます。国民は民主主義の観客ではなく、主権者です。政治家や政党を育てていかないといけません。
堅実な実行力こそ必要 山口二郎・法政大教授
=宮間俊樹撮影
人口減少や経済面で、社会の持続可能性が危うい局面といえ、右肩下がりの「退却戦」を乗り越える力が必要です。カリスマ性を持った人よりも、不都合な真実から目を背けず、取り組むべきテーマを着実に進め、地に足が着いた議論をできる人が求められます。
政治家である以上、権力を目指すのは当然です。退陣する岸田文雄氏も首相になれたことは良かったでしょう。だが、首相になって何をするのか、テーマがそもそもあったのか、疑問です。安倍晋三政権が掲げた安全保障政策の転換を、簡単に閣議決定してしまいました。首相の時代認識や安全保障上の問題意識が、国民に伝わらなかったのではないでしょうか。
中曽根康弘元首相は、良くも悪くも権力欲が強く、やりたいことが具体的にありました。三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫各氏とともに「三角大福中」として、リーダーの一人と目されました。5人の中で首相就任は最後でしたが、国鉄(現JR)、日本電信電話公社(現NTT)、日本専売公社(現JT)の民営化など、行財政改革にリーダーシップを発揮しました。その評価は分かれますが、テーマを持って権力を握り、実行していく一つのモデルといえるでしょう。
自民党は本来30年前に終わっていた政党だと思います。リクルート事件などがあり、冷戦も終わりました。「55年体制」という特異な政治システムの中で権力を独占してきましたが、耐用年数が過ぎたことを理解すべきです。
今回の派閥による裏金事件を受けた改革は、旧体制を清算するよい機会でした。結局、党内の融和を優先し、国民の怒りが理解できない対応になりました。対処する決意と実行力があれば、大きな評価を受けたと思います。
事実上次の首相を選ぶ総裁選では、激しい論争を期待したい。若手が次々と名乗りを上げ自民党の変身を訴えますが、派閥のボスが取りしきっていた時期になぜものが言えなかったのか、自らの責任を明らかにしてほしい。
政治に緊張感を持たせるためにも政権交代は必要です。そのため、私は2009年に政権交代を実現した民主党など、ずっと野党を応援してきました。自民党が低迷している今こそ、最後のチャンスと思うのですが、どうも小成に安んじているようで、野党側に権力欲を感じません。55年体制の自民党と社会党は、表は論争しているようでしたが、実は互いが支え合う構図でした。それと同じように見えてしまうのです。
小選挙区を中心とした今の選挙制度で、野党が自民党に勝つには結集が必要です。民主党が政権交代した時も、1998年に党が結成され10年がかりでした。その間、小沢一郎氏が党首だった自由党が加わり、自民党に対抗するという大目標がありました。4月の衆院補選などの結果から、イニシアチブを取るのは立憲民主党です。政治のリアリズムとして、一定の勢力を確保しなければなりません。
細かな政権・政策合意は後にして、まず、このミッションで政権を作りましょう、と大まかなテーマを二つほど示して訴えることが必要です。自民党と差異化するため、「アベノミクスの総括」と「ジェンダー平等」はどうでしょう。そして「この指止まれ」で、野党勢力の結集を図るやり方がよいのではないかと考えています。
立憲民主党の代表選には、前代表の枝野幸男氏、野田佳彦元首相が立候補を表明し、現職の泉健太氏らが意欲を見せています。自民党より議員数が少なく、若手が立候補に必要な推薦人を集める難しさがあり、新鮮さを打ち出す工夫したメッセージが必要です。
国民の政治への不信感が強いです。東京都知事選は既成政党に逆風でした。前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が支持された現象は、新しいことではありません。小泉純一郎元首相や橋下徹・元大阪府知事は既成政治を批判することで、政治的な力を得るリソース(材料)にしました。対抗するには、人間の高潔さ、私利私欲がない寛容さ、説明責任を尽くす姿勢が大切だと思います。
自民、立憲とも選挙期間最長
自民党総裁選の選挙期間は現行規定ができた1995年以降で最長。論戦を通じて、「政治とカネ」の問題で失墜した党の信頼回復を図る。新総裁は10月初旬に臨時国会で首相に指名される見通し。立憲民主党代表選の選挙期間は17日間で、党の規則上最も長く、同じ方式で実施された前回代表選の12日間を上回る。党員以外にも、候補者の考え方や政策論争を知ってもらう狙いがある。
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■人物略歴
中北浩爾(なかきた・こうじ)氏
1968年生まれ。東京大大学院博士課程中途退学。博士(法学)。一橋大教授などを経て現職。専門は日本政治史など。著書に「自公政権とは何か」「日本共産党―『革命』を夢見た100年」など。
■人物略歴
山口二郎(やまぐち・じろう)氏
1958年生まれ。東京大法学部卒。北海道大教授、英オックスフォード大客員研究員などを経て現職。専門は行政学。著書に「民主主義へのオデッセイ」「日本はどこで道を誤ったのか」など。