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毎日新聞2024/8/30 東京朝刊有料記事975文字
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米国政治に強い影響力を持つロビー団体「全米ライフル協会(NRA)」は選挙の度に立候補者をランク付けし、献金額や支援レベルを決めている。
「A」の評価を受ける者は、「確固とした銃支持派で、(武器を保有し携帯する権利を定めた)憲法修正第2条への支持実績がある」。一方、最低の「F」は、「銃の所有権に反対している」と考えられている。
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中西部ミネソタ州のウォルズ知事(民主党)はかつて「A」と評価されていた。NRAから献金を受け、銃支持派に最も信頼される政治家の一人だった。
1964年、中西部ネブラスカ州の田舎町に生まれた。「学校では銃をフットボール部のロッカーに置き、キジ狩りに出かけていた。それでも学校で撃たれはしなかった」。銃を所持する権利を疑わなかった。
考えを変えたのは2018年2月、南部フロリダ州の高校で起きた銃乱射事件がきっかけだ。生徒や教職員計17人が犠牲になった。
連邦下院議員だったウォルズ氏は長女ホープさん(当時高校生)に言われた。「私が知っている中で公職に就いているのはパパだけなの。こんなことが起きないようにしてほしい」
子どもたちが銃におびえている。それに気付き、「教室で殺される心配をせず、自由に通学する権利を保障すべきだ」と訴えるようになった。事件の9カ月後、知事選挙の時のNRA評価は「F」である。
教員だった94年、同僚のグウェンさんと結婚した。不妊治療を受け、7年後に赤ちゃんが生まれる。人工授精でようやく授かったことへの感謝や喜びを込め、「ホープ(希望)」と名付けた。
そのウォルズ氏が民主党の副大統領候補となり、銃を巡る立場の変遷が改めて注目されている。NRA幹部は「政治的カメレオンであり、個人の目的のために立場を変える。犯罪者を勇気づける政策を推進している」と手厳しい。
これに対し本人は「私は退役軍人でハンターで、銃の所有者である。一方、父であり教師だった。子どもの安全を守るのが仕事だ。F評価を受けた今、ぐっすり眠れる」と語っている。
昨年の銃による犠牲者は全米で約4万3000人だ。22年のデータでは、子ども(1~19歳)の死因の1位は3年連続で銃による殺人や自殺である。
「こんなことが起きないようにしてほしい」。ホープさんの言葉は、多くの若者に共通する願いである。(論説委員)