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毎日新聞2024/11/21 06:00(最終更新 11/21 06:24)有料記事3112文字
気候移住 海から宇宙へ
気候変動によって、人が住めない大地が増える――。世界では、この問題がすでに現実になっている。
「にっちもさっちも行かない。自分たちの力ではどうしようもない」
アフリカ北西部モーリタニアの難民キャンプ。2021年から2年間難民支援に従事した、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の奥田暁仁さん(現シリア代表補佐)は、難民からこんな声を聞いた。
同時公開の記事があります。
◇「この10年が…」 女性飛行士が宇宙で抱いた地球の帰還不能な危機
※『神への挑戦 第3部』連載スタート。テーマは気候変動。気温上昇にあらがう科学技術がもたらすのは…。地球沸騰の時代をどう生き抜くべきか考えます。
第5回 酷暑に耐えるには(25日6時公開)
キャンプとその周辺には、隣国マリの紛争などで数万人が避難していた。以前は湖があり、漁業などもしていたというが、干ばつや砂漠化で、見渡す限り土地は枯れていた。
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奥田さんは「難民の避難先は、気候変動のリスクが常に高いところに集中している。避難を余儀なくされても、また避難先の7~8割で気候変動の影響を受ける。二重・三重苦の状態だ」と語る。
ウガンダ中部のキリヤンドンゴ難民居住区で暮らすスーダン難民のネイマットさんと幼い3人の子どもたち。避難先のテントを何者かに切り裂かれ、骨組みだけが残る跡地で先行きの不安を訴えた=ウガンダで2024年10月26日、滝川大貴撮影
気候変動によって土地を追われた人を「気候難民」と呼ぶ。国際法で定められた定義ではないが、世界で急増している。
世界銀行が21年にまとめた報告書によると、22年に3200万人だった気候難民は、世界銀行によると50年には2億1600万人に達する。国内避難民監視センターによると、21年の紛争による国内避難民が1440万人なのに対し、気候変動に関係した自然災害による国内避難民は2230万人いた。気候変動は、紛争よりもたくさんの難民を生んでいるのだ。
海上都市を建設
気候難民の要因の一つが、温暖化に伴う海面上昇だ。太平洋の島国などでは、現実の脅威になっている。
こうしたピンチをチャンスに変える構想を描くのが、21年に創業したベンチャー「N-ARK」(浜松市)だ。海上都市をつくり、新たな居住地にするという。
クルーズ船の技術を転用して海に浮かせた都市をつくり、海上輸送して既存の都市に接岸・隣接させる。100人、1000人、1万人――と3種類の規模の都市をパッケージにし、国や自治体に販売する事業プランだ。
代表取締役の田崎有城さんは「8000人が乗れるクルーズ船を2年半で造れる技術はすでにある。都市を浮かすこと自体はすぐに実現可能だ」と語る。
N-ARKが構想する海上都市のイメージ=同社提供
海上都市は、気候難民の単なる「受け皿」ではない。都市機能の維持を担う一員としての役割を期待する。田崎さんは「難民は土地を追われた逆境から『起業家精神』を持ちうる国力を支える人材だと思う」と期待。まず中東を拠点に活動をするつもりだ。
世界も海上都市に注目する。
国連人間居住計画によると、世界で都市部に住む人は、現在の55%から、50年には68%になり、人口集中が進む。一方で50年には、1000万人以上が暮らす都市の9割が、海面上昇の影響を受けると予測する。
こうした課題を解決するため、国連は18年、海に浮かぶ水上都市構想「オーシャニクスシティー」の検討を始めた。台風の浸水被害を受けやすい韓国・釜山市では、25年の完成に向けて建築が進む。モルディブも海面上昇による移住先として海上都市の計画を策定した。
宇宙に広がる活動
米次期政権で起用見通しの実業家イーロン・マスク氏がイラン国連大使と会談したとの報道。両国の緊張緩和を模索か。=ロイター
宇宙移住は人類を救う手段になる――。それを提唱するのが、米スペースXの最高経営責任者(CEO)、イーロン・マスク氏だ。
地球に住めなくなる将来に備え、火星への移住計画を進める。スペースXは、火星への飛行が可能な超大型ロケットの開発を進めており、20年後には火星に自立型の都市を建設する計画だ。
「過去に何度も起こったように、そのうち大きな彗星(すいせい)が地球に衝突し、ほとんど全ての生命が滅びるだろう。宇宙を飛び回る文明になるか、それとも滅びるのか」、マスク氏はこう強調する。
移住に向けた研究開発は、日本でも進む。
11月5日、世界初の木製の人工衛星を載せた宇宙船が、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられた。大気中で燃え尽きるため地球環境に優しい、とのうたい文句だが、目的はそれだけではない。
世界初となる木造人工衛星「リグノサット」の試作機について記者会見する土井隆雄・京都大特定教授=京都市で2024年5月28日午後3時16分、田中韻撮影
プロジェクトを進めるのは、元宇宙飛行士で京都大特定教授の土井隆雄さんだ。
土井さんは宇宙滞在を経て、宇宙と生命の関係に思いをはせることが増えた。「地球で生命が誕生した痕跡は見つかっていない。生命は宇宙で生まれ、地球に進出したと考えるのが自然だ。人類も地球で繁栄した後は、宇宙に活動を広げていくのが使命だ」と、宇宙移住に期待を抱く。
移住には建築物が要るが、すべての建築材を地球から宇宙に運ぶのは非現実的だ。現地調達する必要がある。
土井さんは「宇宙の森」をつくる構想を掲げる。京都の神社仏閣から着想を得たといい「木造建築は1000年以上も形を保っている。宇宙に森をつくり、そこから得た木材で建物をつくればいい」。低気圧でポプラの木が育つかどうかの実験も続ける。
大手ゼネコン「鹿島」イノベーション推進室で宇宙担当部長を務める大野琢也さんは22年、月や火星で暮らすための新しい宇宙建築を提唱した。
ポイントは重力だ。月では地球の6分の1、火星では3分の1しかない。低重力下では生活がしにくいだけでなく、筋力や骨が弱まるなど、健康への影響もある。
人工重力施設内のコンサートホールのイメージ図=鹿島提供
大野さんは数十年かけ、「ルナ(月)グラス」「マーズ(火星)グラス」と名付けた人工重力施設を考案した。施設全体を回転させ、遠心力と惑星の重力の「合成力」を地球の重力と同じ大きさにする。内部の空気などを整えれば、地球と同じように暮らせる環境にできるという。
ただ、他にも過酷な条件は多い。月と違って大気がある火星ですら、平均気温はマイナス60度の極寒だ。多くの放射線も降り注ぐ。大野さんは「たとえ環境破壊されても、地球の方がよほど住みやすい」と本音を明かす。
資源や輸送の問題も
宇宙移住は果たして可能なのか。
京都大の山敷庸亮教授(環境工学)は、宇宙で生活するため、宇宙には何が足りず何を地球から持って行く必要があるのか、森林や海洋はつくれるか、などを研究している。
それまで、環境破壊を目の当たりにしても地球に住めなくなるとは考えなかった。だが、東京電力福島第1原発事故がそれを変えた。
東京電力福島第1原発の2号機=福島県で2024年8月22日、本社ヘリから宮間俊樹撮影
「4号機にあった400トンの核燃料を冷却できていなかったら東京も住めなくなっていた。世界の核燃料が制御できなくなったら人類はどこに住めばいいのだろう」と考えたという。
ただ山敷さんは、全人類の宇宙移住は「さまざまな障壁がある」と否定的だ。
現実的な移住先としては火星が最適だと考えられるが、水の確保だけでなく、食料生産の確立など、多くの課題解決が必要になるためだ。
輸送手段の問題もある。
スペースXの超大型ロケットですら、一度に乗れるのは100人程度だ。大量の人を送るには、途方もない回数を打ち上げる必要があり、膨大なコストとエネルギーが要る。
気候危機に陥っても、宇宙に移住できるのは、一部の限られた人々だけになってしまうかもしれない。どうすればいいのか。
宇宙移住の可能性について研究する環境学者、山敷庸亮・京都大教授=東京都千代田区で2024年9月2日午後2時12分、松本光樹撮影
山敷さんは、移住の研究を進める中で「自然が豊富な地球こそが特別な存在で、まずは地球を守らなくてはならない」という思いを強めたという。
「これからは人間も自然の一部と捉え、自然も残していかないと生存基盤も危うくなるだろう。発想を変えないと地球環境も保全できないし、宇宙で生活することも難しいと思う」と訴える。
宇宙は人類にとってフロンティアではあるが、「逃げ場」ではないのだ。