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毎日新聞2024/11/24 15:00(最終更新 11/24 15:00)有料記事2164文字
浜辺に打ち上げられたペットボトル=神奈川県藤沢市で2020年6月20日午後、鈴木理之撮影
人体からプラスチックを検出したとする調査研究が今年、日本を含めた各国から相次いで報告され、健康影響に関心が高まっている。国際合意を目指して各国間で交渉中のプラスチック汚染防止条約でも、目的の一つに「人間の健康を守る」と盛り込まれそうだ。
11人中4人の血液から
プラスチックが直接的に健康被害をもたらすかは今のところ、明らかにはなっていない。ただ、経済協力開発機構(OECD)は人体に影響を及ぼす可能性を指摘。特に、プラスチックを加工しやすくしたり、劣化を防いだりするために加えられる可塑剤や紫外線吸収剤といった添加剤は有害化学物質で、生殖系や免疫系への悪影響が懸念されている。
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東京農工大の高田秀重教授(環境化学)らのグループは今年、日本で初めて、血液からプラスチックが検出された事例を報告した。人間ドックを受診した8人と病理解剖された3人の計11人の血液を分析。プラスチックの「ポリスチレン」が含まれているか調べたところ、4人から、目に見えない微細な粒子を検出した。ポリスチレンは発泡スチロールの素材で、カップ麺の容器や使い捨てのコップなどに使われている。
さらに粒子の血中濃度が特に高かった1人を調べると、腎臓と肝臓の組織片から、添加剤の紫外線吸収剤とポリ塩化ビフェニールが検出された。
高田教授によると、プラスチックは生産直後から劣化が始まり、直径5ミリ以下のプラスチック「マイクロプラスチック(MP)」と、直径1000分の1ミリ以下の「ナノプラスチック(NP)」を環境中に放出する。今年1月には米コロンビア大のチームが、ペットボトル飲料水から1リットルあたり平均24万個のNPとMPを検出したと報告した。
懸念される添加剤の健康影響
高田秀重・東京農工大教授=東京都府中市で2018年7月23日、五十嵐和大撮影
高田教授は「微細なプラスチックはプラ製品の使用に伴って体内に入ってくると考えられる。(検出の有無で)個人差があるのは、プラ製品の使用頻度の違いがあるためではないか」と指摘。懸念されるのはやはり添加剤の影響で、「添加剤はプラスチックとともに人体に入り、体内で溶け出して蓄積されている可能性がある。血液中のプラスチックが健康に影響するかどうかはまだ分かっていないが、有害物質は摂取量が増えたり長期間蓄積したりすれば、生殖機能に影響を与えることが懸念される」と話す。
海外でも人体からの検出報告が続く。今年3月にはイタリアの研究チームが、頸(けい)動脈にできたコレステロールなどの塊(プラーク)の切除片257人分を調べ、58%に当たる150人分にMPとNPが含まれていたと、米医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表した。
論文によると、切除後の患者を3年弱調査したところ、プラスチックが検出された人はされなかった人と比べて、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中を発症するリスクや、何らかの理由で死亡する複合的なリスクが4倍ほど高かったという。チームは死亡とプラスチックとの因果関係を「不明」とする一方、マウスを使った動物実験では、プラスチックは心臓などの臓器に蓄積することが分かっていると指摘している。
大便からプラスチックが検出された事例もある。ウィーン医科大学とオーストリア環境庁の研究チームは2018年、日本やフィンランド、イタリア、オランダなど8カ国8人の便を調べたところ、全てにMPが含まれていたと発表した。
この調査では、平均で便10グラムあたり20個のMPが発見された。10種類のプラスチックについて検査したところ、食品包装などに使われるポリプロピレン、ペットボトルの材料のポリエチレンテレフタレートなど9種類が検出された。
8人は便のサンプルを採取する前の1週間、食事を記録していたが、全員がプラスチックで包装された食品を食べたり、ペットボトルから飲み物を飲んだりしていたという。研究チームは「プラスチックが最終的に腸に到達することが裏付けられた」としている。
規制を巡る条約交渉は難航
大分・別府湾の堆積(たいせき)物から見つかったマイクロプラスチック=日向博文・愛媛大教授提供
MP汚染は海洋で特に深刻化している。そのため魚など海の生物が体内に取り込み、食物連鎖によって人間が濃縮されたプラスチックを摂取するリスクも高まっている。プラ汚染問題の解決を目指す国際条約では、その目的に「人間の健康と環境を守る」などと明記される見通しだ。
条約の政府間交渉委員会では、添加剤として使われているような、健康影響が懸念される化学物質の規制の是非も議題になっている。
この化学物質の規制について、欧州連合(EU)やアフリカなどは、統一基準の下、有害な化学物質をリスト化して国際的に禁止すべきだという立場をとっている。一方で、産油国のイランやサウジアラビアなどは、化学物質は既にストックホルム条約で規制されており、今回の条約の対象にすべきではないなどと主張しており、交渉が難航している。
条約の年内とりまとめに向け、25日から韓国・釜山で始まる最終会合に、東京農工大の高田教授は「効果的なプラスチック条約のための科学者連合」の一員としてオブザーバー出席する。高田教授は「プラスチック全体の使用量を削減するという点で合意すべきだ。具体的な削減量や削減の対象の種類は、合意後に専門の委員会をつくって議論するということも決めるべきだ」と話している。【大野友嘉子】